仕事の事典  》 第12章 組織  》 よい人間関係をつくる
 
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組織‐1208a よい人間関係をつくる BACKNEXT

人間は多くの場合、理屈より感情に支配されます。そのため、共通の目的に向けて2人以上の人間が力を合わせるとき、よい人間関係を築くことが不可欠です。

 このページの掲載事例→                  ●1208a01 挨拶は上から下から心から  
●1208a02 笑顔で話しかける  
●1208a03 サンクスカードを贈る  
●1208a04 儲けは税金と社員を喜ばせることに使う  
●1208a05 周りの人を喜ばせる
●1208a06 ゆたかな社会感覚、生活感覚を持った社員を育てる
●1208a07 パート・アルバイトときちんとコミュニケーションする
●1208a08 会社と社員は運命共同体と説く
●1208a09 煙草の買い置きを禁じられる
●1208a10 損と得の道があれば損の道をいく
●1208a11 トップが身内を後継者にしないと約束する
●1208a12 頑張った者には報い、怪我や病気をした者には見舞いに行く
●1208a13 従業員こそ会社の宝である 
 
【1208a01】 挨拶は上から下から心から  
 
■新潟の印刷業、タカヨシの高橋春義社長はある勉強会で「挨拶は、上から、下から、心から」という言葉を聞いた、

■それまで毎朝の朝礼で「おはようございます」「いらっしゃいませ」と声に出させて猛特訓していたが、このとき聞いた言葉で自分のやり方は「挨拶は、まず下から、次に上から、それが当たり前」だったと気がついた。

■その後、社長である自分から心をこめて「おはよう」と言おうと決めた。


取材先 タカヨシ
取材 2006/03/06
掲載先 ポジティブ 2006/05
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki009.html

 
 
【1208a02】 笑顔で話しかける   


■タカヨシの高橋春義社長は、あるコンサルタントから「高橋さん、いい笑顔ですね」と褒められたことがあり、それがきっかけで毎朝鏡に向かって笑顔の練習をした。

■それまで辞めていく社員に「お前、何で辞めるのだ!」と責める口調になっていた。「そうか、辞めるのか、また遊びに来いよ」と笑顔で言おうと決めた。

■そんなふうに自分が変わると社員が少しずつ変わり始めた。それまでボロボロ辞めていった社員が辞めなくなった。



取材先 タカヨシ
取材 2006/03/06
掲載先 ポジティブ 2006/05
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki009.html

 
 
【1208a03】サンクスカードを贈る  

■兜髄野では、社内で人から親切にしてもらったり、手助けしてもらったときなど、感謝の気持ちを伝えたいときは「サンクスカード」に書いて相手に渡す。

■全社で2000枚のサンクスカードを集めることを目標にしており、これを通じて素直に「ありがとう」と言える風土づくりをめざしている。

取材先 武蔵野
取材 2002/09/13
掲載先 燃えよリーダー 2002/11
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki001.html

 

 
【1208a04】 儲けは税金と社員を喜ばせることに使う  

■お菓子のデパート、吉寿屋の神吉武司(かみよしたけし)会長は、社員を喜ばせることに熱心である。

■珍しいものを見つけたら買ってきて抽選で社員にプレゼントする。珍しい果物、感銘を受けた本、食事会への招待。笑顔コンテストの優勝者にはペアでディズニーランド招待。年間最優秀正社員には、翌1年間に限って年俸3000万円を支給、最優秀パート社員には1000万円を支給する。

■人と人との絆が薄れてくる一方で、家族という最後の絆を大事にしたいという人は少なくない。そんな中でやる気を盛り上げていく工夫だという。




取材先 吉寿屋
取材 2008/06/04
掲載先 ポジティブ 2008/08
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki067.html

 


 吉寿屋寝屋川店(上)と徳島阿波踊り
で結成された同社社員による武秀連
 
【1208a05】 周りの人を喜ばせる  

■吉寿屋の神吉武司会長の少年時代、2人の友人と一緒に歩いていて、千円札を1枚拾ったことがあった。

■目の前の家で「落ちていますよ」と声をかけると、落としたのは自分たちではないというから警察に届けた。それでも落とし主は現れず、千円は1年後に神吉さんたちのものになった。

■神吉さんは一緒にいた友人たちに350円ずつ渡して、自分は300円をとった。「拾って届けたお前が300円で、一緒にいた2人が350円か?」と神吉さんの父は言ったが、そう言いながらも嬉しそうだった。

■「あのとき私が400円をもらって、2人に300円ずつ渡したのだったとしたら、友人も私もこの話はとうの昔に忘れていた。しかし、私は自分がいい思いをするよりも、周りの人たちが喜ぶのを見たかった。だから、2人の心に入り込むことができた」と神吉さんは言う

取材先 吉寿屋
取材 2008/06/04
掲載先 ポジティブ 2008/08
探訪記
  http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki067.html

 
 
【1208a06】 ゆたかな社会感覚、生活感覚を持った社員を育てる  


■信頼され支持される会社になるには、豊かな社会感覚、生活感覚を持った社員を育てなければならない。新聞販売店、ASA栃木中央の松尾光雄社長は、そのために社員を集めて勉強会を開いている。

■あるとき松尾さんは19歳の高卒新入社員のAクンのことを話題に取り上げてこんな話をした。彼はお客様への対応がよく営業成績も優秀で、大事な彼女がいるという。

■「キミはその彼女と同棲したいのかい? それとも結婚したいと思っているかい? 

■結婚するとしたら君たちには4人の両親がいて、その上には8人のおじいさん、おばあさんがいるね。やがて子供もできる。すると自分たちだけじゃない。ご両親は君たちが幸せな家庭を築いてくれれば嬉しいし、君たちも自分たちの子供が幸せな家庭を築いてくれれば嬉しいと思うようになる。君たちから受け継いだ素質をもっと膨らませて子供たちが世の中の役に立つような生き方をしてくれれば、君たちの人生はもっと大きくひろがる。

■同棲するだけだったらこんなふうには広がらない。結婚しようと思うのなら、会社できちんと働いてお金を貯めなければダメだ。30代でうまくリーダーシップを身につけること、40代ではグループのトップになって自分の責任で世の中に羽ばたいていかねばならない…」

■この話は、全員が自分の身に引き換えて真剣に聞いていた。そうした豊かな生活感覚、社会感覚を共有してこそ、お客様と気持ちが通じ合い、きちんと話し合えるようになり、お客様の信頼を勝ち得ることができるようになる、と松尾さんは考えている。

取材先 ASA栃木中央
取材 2006/0/21
掲載先 ポジティブ 2006/09
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki017.html


社員たちによる地域の周辺清掃活動
 
【1208a07】 パート・アルバイトときちんとコミュニケーションする  


■サービス業の現場はパート・アルバイトによって支えられているが、多くの店長は、パート・アルバイトときちんと向き合っていない。そのため、すぐに辞めていき、店長はいつもパート・アルバイトの採用に追われる。

■その悪循環から抜け出るために、ツナグ・ソリューションズでは、
@店長とパート・アルバイトのコミュニケーション、
Aパート・アルバイト間のコミュニケーション、
Bパート・アルバイトと友達・家族のコミュニケーション、
Cパート・アルバイト本人の中で、何のためにそこで働くのかという自問自答
…が大切だと説き、次のような自社の取組みを紹介している。

■新入社員が入ってくるとき、朝礼や社内ブログで、当人のプロフィールをみんなに知らせ、その上でみんなは歓迎の言葉を投げかけ、自分自身のことを紹介している。

■ときどきジョブローテーションして、社内のすべての仕事を誰か1人しか知らないという状況にならないようにしている。これにより、仕事が1人に集中することを避け、みんなが休みが取れるようにする。

■勉強休暇、ボランティア休暇、大切な人と一緒に過ごすためのLOVE休暇などを設け、社員たちはその休暇をどのように過ごしたかを朝礼や社内ブログなどで語り合っている。

取材先 ツナグ・ソリューションズ
取材  2011/04/21
掲載先 リーダーシップ 2011/07
探訪記
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki114.html


ウェルカムメッセージ
 
【1208a08】 会社と社員は運命共同体と説く   

■順送り金型メーカーの伊藤製作所は1996年にフィリピンに合弁会社を設立。現在は100%子会社化し日本人社員が現地法人社長を務め、日本でやってきたのと同じ家族的経営を実践している。

■日本本社の伊藤澄夫社長は何度も現地に出掛け1週間ほど滞在し、その間、毎日全員を集めて朝礼している。そのとき心がけているのは、目を合わせること、感謝の言葉をかけること、褒めて励ましながら、何を目指すべきか目標を与えることである。

さらに、優秀な社員は数人ずつ来日させて、日本研修を行い、社員寮に泊め、しばしば伊藤さんが手づくりの料理を振る舞っている

■合弁会社時代、合弁相手の中国系フィリピン人は、赤字が出てことに苦言を呈し、それを理由にボーナスを出さないと宣言したことがあった。朝礼でそれを聞いていた伊藤さんは「設立後しばらくは赤字になるには織り込み済みのこと。社員に赤字の責任はない」と合弁相手の言葉を遮って、予定通りボーナスを出すことにした。以来、現地人従業員は会社と社員は運命共同体という伊藤さんの考え方を理解し、会社が発展すればさらに賃金が増えるという認識が広がり、技術レベルの向上に励むようになった。

■現地では日本人の10分の1の人件費で設計までできる人材が次々育っており、日本とフィリピンの国際分業が進んでいる。

取材先 伊藤製作所
取材 2014/06/12
掲載先 リーダーシップ 2014/08
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki159.html

 


フィリピン人従業員を指導する伊藤社長(上)と
日本本社のプレス機
 
【1208a09】 煙草の買い置きを禁じられる    


松下幸之助翁が五代自転車店で丁稚奉公をしていた時、お客さんの中に「煙草を買うて来てくれ」という人があり、その都度1町ほど走って買いに行っていた。

やがて20個まとめ買いすると1個おまけがもらえることを知った幸之助は、自分でまとめ買いしておいて、お客さんから頼まれたときにその場ですぐに煙草を差し出した。

「賢い子やな」とお客さんから褒められ、20個に1個分の儲けも残ったが、丁稚仲間から恨みを買い、「あれは辞めておけ」と主人から禁じられた。もしも20個に1個分の儲けをみんなに還元していたらそうはならなかっただろう、と後に幸之助は語っている。この体験は仕事の場での人間関係を理解する貴重な経験となった。



取材先 松下幸之助歴史館
取材 2020/11/18
掲載先 リーダーシップ 2021/01
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki235.html

 
【1208a10】 損と得の道があれば損の道を行く     


商いは利を生んでこその商いである。儲けにつながるなら多少ごまかしてでも何でもする…。

■ダスキン創業者の鈴木清一翁は、妻の父で勤務先のトップがそんなふうにいう「大阪商法」にはどうしてもついていけなかった。

■大いに悩んだ末に西田天香が主宰する一燈園に教えを請い、他家の便所掃除をさせてもらう「六万行願(ろくまんぎょうがん)」と呼ばれる修行を重ね、「損と得のみちがあれば損の道を行く」ことを生涯の信条とするようになった。

■ひとたび争いごとが起こったときは、相手に得の道を譲り、自分は損を承知で困難な道を選ぶという意味である。



取材先 ダスキン
取材 2021/02/08
掲載先 リーダーシップ 2021/03
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki237.html

 
西田天香(中央)と鈴木清一(右端) 
 
 【1208a11】 トップが身内を後継者にしないと約束する   


■本田技研工業の創業者で社長の本田宗一郎翁と、名参謀と呼ばれ、副社長として経営全般を取り仕切っていた藤沢武夫翁は「お互い、息子を会社に入れるのはようそうや」と約束し合っていた。

■「ウチの会社でいっぱしになろうと思って張り切って入ってくる社員がいるのに、途中から入った社長の子供が跡を継いだら、その社員たちに気の毒ですよ」と本田は語っている。

■本田はまた、社名に自分の名前を使ったことを後悔し、「俺は生まれ変わって会社をつくったら、本田なんて自分の名前は付けないぞ」と言っていたという。



取材先 本田宗一郎ものづくり伝承館
取材 2021/08/04

参考文献 野中郁次郎著「日本の企業家7・本田宗一郎」P146
掲載先 リーダーシップ 2021/09
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki243.html

 

本田宗一郎ものづくり伝承館
 
 【1208a12】 頑張った者には報い、怪我や病気をした者には必ず自ら見舞いに行く  

■豊田喜一郎翁が豊田自動織機製作所の中で自動車部を立ち上げたとき、当時の豊田グループの賃金水準は他社よりもかなり低かった。

■そのため、この国に自前の自動車産業を立ち上げようとする喜一郎の気概に打たれて他社からヘッドハンティングした人たちに、喜一郎は賃金面で十分に報いることができなかった。

■そこで、喜一郎は頑張った者には自分のポケットマネーで報い、怪我や病気をした者には必ず自ら見舞いに出向いた。佐吉翁の百カ日法要の日にはプラット社との特許権譲渡契約で得た100万円のうち25万円を佐吉と苦労を共にした人たちや会社の従業員に配っている。

 

参考文献 野口均著「カイゼン魂・トヨタを創った男・豊田喜一郎」(ワック、2016P229

掲載先 リーダーシップ2022/02

探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki247.html

 
自動車事業創設当時の集合写真
(トヨタ産業技術記念館)
 
 【1208a13】 従業員こそ会社の宝である  


■ニッタグループの創業者、新田長次郎翁は青年時代に福沢諭吉の「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という言葉を座右の銘とし、従業員を会社の宝だとして大切にした。

「世の資本家たるものは、資本、得意先、機械やなんかを大切なものの第一に置き、従業員は二の次、三の次になっとる。これは大きな間違いである。従業員こそ最も大切にせにゃならん。従業員こそ会社の宝であってこれに代わるものは何ひとつない」と語ったといわれる。

■その言葉の通り、長次郎は工場で従業員の声に積極的に耳を傾けた。休憩時間には社員が集まり作業の改善について話し合われ、そこで出た改善案を実施して、仕事の効率を高めた。

1909(明治42)年からそれを制度化し、職工は毎月14日に、事務員は毎月20日に集まり、食事を共にした後、作業改善についての談話会を持った。長次郎もできる限りそれに参加して「発明・改良」について訓示を述べた。

■また、読書会、講演会、一流芸人を招いた余興の催し、春と秋の運動会、大劇場を借り切っての観劇会なども行われた。

取材先 ニッタ
取材 2022/01/31
掲載先 リーダーシップ2022/03

探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/
tanbouki248.html

 
1910(明治43)年竣工の厚生施設
「新田倶楽部」
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