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ネット版 改善改革探訪記 №244
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事業活動のかたわら人々の幸福を追求し続けた巨人ut

 大原孫三郎翁事績探訪記


倉敷は倉敷川沿いの物資の集積地として発展した商人の町。その商家のひとつ、大原家は幕末期には倉敷を代表する商家となった。

7代目当主となった大原孫三郎翁は、学生時代の遊興費のために莫大な借金を抱え、その返済を支援してくれた義兄の急死から、自分の生き方を考えるようになった。「自分が大原家の相続人となったのは、自分にこの世の中に何事をなさせようという神の意志によるものと考えざるを得ない」と孫三郎はこの頃の日記に書いている。

以来、聖書を読み、二宮尊徳を読み、岡山孤児院を運営する石井十次の生き方に共感し、人々の幸福の実現のために生涯力を尽くした。

26歳で倉敷紡績所の社長となり、女工哀史そのままだった女性労働者たちの生活を改善。彼女らの待遇の改善が生産性を高め、経済的利益をもたらすことを信じて疑わなかった。

地方の一紡績会社だった倉敷紡績は、孫三郎によって中堅紡績会社に成長。並行して進めた銀行事業も、同様に中国銀行にまで成長し、倉敷に電気を供給するために始めた電燈会社も現在の中国電力につながっている。

その傍らで、孫三郎は人々の活動に様々な支援を与えた。有為の若者のために奨学制度をつくり、農業研究所、社会問題研究所、労働科学研究所を立ちあげ、農民、社会的困窮者、工場労働者らが幸福に暮らせる条件を探った。

倉敷と孫三郎を最も有名にしたのが、大原奨学生の1人、児島虎次郎がフランスで蒐集した絵画を収蔵展示する大原美術館、そして、晩年、柳宗悦らの民芸運動を支援して東京駒場に誕生した日本民芸館である。

●本文 → ohara-magosaburo.pdf

●取材協力者・公益財団法人有隣会語らい座大原本邸のURL → https://www.oharahontei.jp/

●掲載先 → リーダーシップ 2021年10月号
(発行元・日本監督士協会のURL:
http://www.kantokushi.or.jp/


大原本邸。写真クリックで本文表示


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