仕事の事典  》 提案の心と創造の心 第3章
 
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i  … 揖斐昇 著
提案の心と創造の心


―トヨタ創意くふう活動と私の15年

書籍版:1987年8月25日 創意社刊
 
 第3章 量的指向から質的指向への道のり      
              このページの掲載項目        .件数を伸ばすためのあの手この手
量を出させる賞金制度
過度の件数競争は創意くふうの心をゆがめる
.2万件の提案に目を通して
形だけの運営をしてはならない
賞金は放っておけばインフレを起こす
審査基準は状況に応じて変える
.提案目標廃止の方向へ
年間表彰制度の改訂
 
1. 件数を伸ばすためのあの手この手

いま日本の産業界では、人が年間に平均24件の提案を提出しています。といっても業種によってかなりのバラツキがあり、製造業では人平均で年間に3040件、第三次産業では人平均年間に件であるのに対して、官公庁ではまだ人平均年間に件未満という開きがあります。
提案活動の長年の旗印は「全員参加」であり、その実現をめざして多くの人たちが努力を積み重ねてきました。提案したい人だけが提案すればいいというのではなく、全員が人残らずそれぞれの持ち場で創意くふうするのでなければ組織の総合力は発揮されないからです。
その「全員参加」という言葉を、1970年代前半にはたぶん全員が年間に件の創意くふうを提案することをイメージしてたのだろうと思います。多くの企業の提案参加率は年を単位として計算されていましたから…。
 しかし、1970年代後半にそれが当り前になってから期待水準はいつの間にかスーッと上がって、1980年代には一気に12倍になり、全員が月に件の提案をすることをもって「全員参加」というようになりました。
上から言われなくても全員が自分から自発的に創意くふうするという段階が全員参加の一応の目標レベルだとすれば、確かに人残らず月件程度の提案をしている必要があるし、底辺をそのレベルに合わせようとすれば、全体の平均値は人当たり月件、年間24件ぐらいにはなっていなければなりません。その意味では現在の全国平均は月単位の全員参加をようやく軌道に乗せたといえるでしょう。
勇気ある最初の創意くふうが提案され、それが全員にとってゆるぎない習慣になるまでに、創意くふう活動は管理監督者や推進担当者の大変な支援と努力を必要としたものです。
みんながそっぽを向いているときに人だけいいかっこうをして提案したら白い目で見られるのじゃないかという不安…、あるいは、みんながどんどん提案するようになって自分だけが取り残されたとき「こんなものを書いて笑われないか」という躊躇する気持…、それらを取り除き、とにかく創意くふうを提案するということを習慣づけるために、あの手この手で動機づけを図ったのです。

 

現場における創意くふう指導の具体例は後の章で紹介したいと思いますが、あの手この手というのは、たとえばこんな具合です。

・提案の標語、ポスターの図案などを募集し、提案者に相互に提案を呼びかけさせることで参画意識をもり上げる
・簡単な提案の事例を示し、提案が決して難しいものでないことを理解させる
・チェックリストを示し、問題の着眼点を教える
・上司が一緒になって職場をパトロールし、問題点を教える
・改善ミーティングやQCサークルミーティングを開き、みんなの創意くふう、アイデアを交換させる
・他職場がどんな改善を行なっているかを知らせ、優れた点をまねさせる
・提案を書く時間を設けていっせいに提案用紙を配り、書かせる
・どうしても書き方のわからない人には本人を目の前にして上司が代筆する
・部門単位、あるいは職場単位に目標件数を決め、実績をきちんとフォローする
・提案の成績を全員に見える所に掲示し、職場別、個人別の競争意識に訴えかける
・提案推進にあたる管理監督者を集め、推進の方法を情報交換させる

トヨタ自動車の場合には、1951年にゼロからスタートして人当り24件に達するまでに、実に30年もの間こういう努力を手探りで積みあげてきたのです。しかし、改善ノウハウや動機づけのノウハウが出そろった現在では、方法論ははっきりしてきました。右のようなことをきちんとやっていけば、提案が軌道に乗るまでにもはやさしたる年月はかからないはずです。最近では、制度導入から人当たり24件に達するまでに年とか年とかいう例も聞かれるようになりました。

 
 
2.量を出させる賞金制度  

日本の提案の賞金体系といえば、どこの企業でも例外なく、下に厚く上に薄いのが特徴です。欧米のサジェッション・システムでは採用した提案に対してのみ経済効果の10%程度を支払うのですが、日本の提案制度ではとても効果をあげるまでに至らない初歩的な提案にも数百円程度の賞金を支払い、賞金の魅力に訴えかけて次の提案につなげようとします。つまり、それによって少しでも容易に全員参加を達成しようとしているわけです。
しかし、そのように下に厚い分だけ、上には極端に薄く、上級提案の経済効果に対する賞金還元率は数%と欧米にくらべて極めて低い値になっています。従って、一旦提案活動にはずみがつくとどうしても裾野を厚くすることに力が注がれ、質を高めることに向かいにくいのです。従って、現在の提案制度運営の問題は、むしろ件数が24件に達し件数の自然増加が軌道に乗ってから発生します。
問題は大きく言うとつあります。に、件数増加に勢いがついてくると、質の低い提案や同じ内容の提案がたくさん出てくるということ。に、件数が増えると提案の処理工数の負担が増え、審査の滞留が起こるということ。このつです。
トヨタの創意くふう活動はそのことの問題の大きさにいち早く気付き、提案の量と質のバランスをとる運営を心掛けてきました。では、具体的にどのような手を打ってきたのかを次にお話しましょう。

 
 
3.過度の件数競争は創意くふうの心をゆがめる

「野球では数多くのヒットの中からホームランが生まれる。同じように提案活動では、大量の件数の中から質の良い提案が生まれる」 
1970年代の提案制度の専門家はほとんどの人がそう言っていました。もし、われわれがそのことに疑いをはさまず、量だけを求め続けていたら、トヨタの提案件数はいまの大量提案企業と同じように人当たり100件、150件という水準に至っていたかもしれません。
しかし、件数は多ければ多いほど本当に質の向上につながるものでしょうか。もし件数を増やせば増やすほど内容が薄くなっていくのだとしたら、人何十件、何百件という件数は無意味な紙屑の集合に過ぎないのではないのでしょうか。 いち早くそれを指摘されたのが私が仕えた人目の創意くふう委員長、大野耐一氏です。
1973年当時、全社の提案競争にはずみがつき、いくつかの部門で提案件数の急増しているのを見られて大野委員長が言われた言葉ほど内外の提案関係者にとってショッキングなものはありませんでした。
「提案の量が増えすぎると質は低下する。過度の件数競争は創意くふうの心を歪める!」
「件数が増えたからといって自慢している部長がいるけれどももってのほかだ!」
その言葉は少しでも自部門の件数を伸ばそうと血眼になっていた管理者の頭から水を浴びせかけました。
「全員が毎月かならず提案を書くという習慣づけをねらった全員参加の提案なら、去年と今年で件数が一挙に何倍にも増えるのはおかしい。件数を増やそうとするあまり形だけの提案が多くなっているのではないか。そんな提案は現場の創意くふうを促すどころか、創意くふうの心を歪めるものだ!」 と言われるのです。

 
 
4.2万件の提案に目を通して  

委員長のこの指摘の真偽を確かめるのが事務局の仕事です。私は提案の現物に目を通してみることにしました。当時のカ月分の審査済み提案約万件の中からランダムに万件を抜き取ってその全部に目を通したのです。週間、ひとり別室に閉じこもって山のように積んだ提案を片っぱしから読んでいきました。そして、次のような、提案としてはどうかと思われるものに付箋を付けて抜き出していったのです。
[手抜き提案]
 当時の提案用紙はB4大で「現状」「改善案」「効果」をきちんと分けて書きます。その大きな用紙に行ずつ合計行しか書いてないもの、あるいは「別紙参照」とだけ書いてそれ以上の記入を省略し参考資料を貼り付けてあるが、何をどうしたのかが判読しにくいもの

[問題指摘提案] 
 提案は問題点を明らかにするとともに、必ずそれを解決するための具体案を示さなければならないが、問題を指摘するだけで、具体的な解決方法を示していないもの。

[同一提案]
 ひとつの改善に何人かが関わりそのうちの何人かが全く同じ内容の提案を提出しているもの

[同一人物の手になると思える提案]
 提案は特に部下指導の必要がある場合のほかは、原則として提案者が自分で書かねばなりませんが、筆跡からみて多数の仲間の提案を人で引き受けて書いているらしいもの

[分割提案]
 同種の機械についての同じ内容の改善を機械の台数分に分けて書いているもの。たとえば、コンベアにシュートを取りつけて部品の流れをよくするという創意くふうを考えたとき、同じ職場の中に10台の同種のコンベアがあったとすれば、その台について提案を書き、10件の提案として提出しているもの

問題ありとして抜き出した提案は全体の割程度になりました。この割という数字を私は無視できないほど多いと感じました。提案者が未熟だから、あるいはついうっかりとそんな提案を書いたというのではないのです。どこかに件数を多く見せようとする意図が感じられるのです。件数ノルマの無言の圧力と、どんな提案にも件書いたら300円の努力賞がもらえるという賞金の誘惑が、どうも粗悪な提案を乱造させていたらしいのです。
もうひとつの問題は、管理監督者がこれを見過ごしているという問題です。その原因は部署ごとの件数実績が審査員であると同時に提案推進者でもある管理職の評価にかかわっていたということにあります。他部署に負けたくない、自分の評価をよくしたいと思えば、部下たちの件数を膨らませるようなやり方につい目をつぶってしまうのは誰でもあり得ることでしょう
 しかし、そのような状況の中で提案件の重みは相対的に小さくなっていきます。件数を出すことが優れたアイデアを生み出すための手段ではなく、それ自体が目的になると提案の量は質に結び付くどころか、むしろ創意くふうの心を殺し全体の質を引き下げる…。これが大野委員長の指摘だったのです。

 
5.形だけの運営をしてはならない  

トヨタ自動車が創意くふう提案に支払う賞金額は最近では年に20億円。社が従業員の創意くふうに支払う額としては国内で最高の額です。われわれ提案の全社事務局の役割というのは、ある意味では、社員の創意くふうの育成のためにこの20億円のもっとも効率的な配分方法を追求することにあるといってもいいかもしれません。
しかし、実際の全社事務局の仕事といえば、一部の優秀提案に目を通すだけで、あとは統計数値をはじいているだけです。賞金の大部分の支払い先である中級、下級提案にまで目を通す時間はとってもない。
しかし、この週間にわたる万件調査の結果痛烈に思い知らされたことは、事務局が形だけの制度運営をしている限り、現場の活動は方向を失って目の前の成績を上げるためだけに流れてしまうということでした。そんなことを続けていたら巨額の賞金を投じながら紙切れ枚も改善できないことになる。
創意くふう活動の渦中にいるものには活動の全体像は見えにくいものです。だれかが提案の全体動向を自分の目で確かめ、創意くふうの心を育てるという本来の目的に照らして方向づけをしていかなければならないとすれば、その責任は当然事務局が負わねばなりません。時間がないから提案を見てられないなどとは言っておれないのです。
 それでは、限られた時間と限られた人数でどのようにナマの提案の動向をつかんだらいいか。 私たちがとったのは次のようなやり方で提案をサンプリング調査するという方法でした。

 

対象となる提案のレベル
 賞金5000円以下の部長、課長、工長によって審査された提案を事務局スタッフがチェックする。6000円以上1万5000円以下のものは工場(部門)委員会の合議によって審査しているから比較的信頼性が高く、当初サンプリング対象から外していたが、この部分の提案が倍増した1984年以降は生産技術部門の部長(創意くふう委員)がチェックに当たっている。

サンプリングの方法
 月々の総件数の10%に当たる件数(最近では2万件程度)について年回抜き打ち的にサンプリングする。サンプリング対象は一件当たりの平均賞金額の高い部署から優先的に選ぶ。一般に提案の評価は放置すればどんどん甘くなる傾向にあるから、平均賞金額の高いところほど問題は多いと思われるからである。

チェックの方法
 事務局が集めた提案は、0円、500円、1000円… という賞金ランク別に分類して、それを3人の事務局員がひと山ずつ片っ端から読んでいく。
 賞金1000円の提案ならそればっかりをひとまとめにして目を通すから、過大評価傾向のあるものはすぐ発見できる。逆に優れたアイデアを過小評価しているものは、現場の状況がわからないだけに発見しにくいが、審査者が提案を過小評価することはあまりないと思われるので、その欠点はネグレクトする。

チェック結果のフィードバック
 チェックによって審査不備と思われるものは「審査結果調査依頼書」によって直接審査員に連絡し回答を求める。たとえば、「この提案の採点を見直していただき、意見並びに今後の対策を○月○日までにご回答ください」「次の5件の提案は同一の改善を同種の設備に対して実施したものであり、1件にまとめて提案するのが適当と思われます。調査の上ご意見並びに今後の対策を○月○日までにご回答ください」といった具合である。
 中には本人の提案意欲を喚起するためにあえて甘いめに評価したという回答もあるが、ほとんどの場合は「量が多いので細かい審査ができなかった。今後もっとよく注意して審査する」という反省の弁が返ってくる。ただ、これによって一旦決まった審査結果を変えることはなく、大抵の場合はその結果を今後の審査に反映させるのみである。

 
 
6.賞金は放っておけばインフレを起こす  

賞金ランクは前述のように「努力賞」から「10万円以上」の19段階に分かれており、全員参加をめざした下に厚く上に薄いものでしたが、件数が増え提案者のレベルが上がってくるにつれて少しずつ手を加えました。最近に至るまでの主な変更点は次のようなものです。
努力賞の廃止
 努力賞というのは提案の質的レベルには無関係に件書けば300円相当の商品がもらえるというものでした。提案を習慣づけるというねらいで設けられていたものでしたが、人当たり件数が10件を越えた1976年にこれを廃止し、提案として最低限の内容を備えたものでないと賞金はもらえないようにしました。
上位賞金ランクの新設 
 努力賞の廃止によって下を薄くしたのと同時にその見返りとして10万円を越えて20万円までの上位賞金ランクを設けて質の高い提案に厚く報いることにしました。ただ「10万円以上」という青天井方式はやめて20万円を上限としました。これは10万円以上の評価を獲得する提案というのは、努力や独創性だけではなく相当大きな節減効果をもったものですが、効果点は生産量の大きい職場でなければなかなか獲得できないので職場間の生産量の大小による不公平感に歯止めをかけようとしたものです。
賞金ランク500円、1000円の分布規制と1500円の廃止
 努力賞が設けられていたときには要望や苦情などよほどひどいものでない限りどんな提案でも努力賞はもらえましたが、努力賞の廃止によって賞金ゼロという提案がかなりの部分を占めるようになりました。 しかし、提案の評価というのは放っておくと年々甘くなり賞金はインフレを起こすものです。賞金ゼロは年々減っていき、やがて500円がかっての努力賞と同じ感覚で受け取られるようになり、それまでの500円の提案は1000円に流れていきました。調べてみると提案賞金は会社全体の原価低減実績や能力向上実績を上回って伸びているのです。

 

この問題に対してわれわれが打った手はかなり思い切ったものでした。ひとつは1500円を廃止して下級提案と2000円以上の中級提案との距離を明確にしました。もうひとつは1000円以下が感覚評価になることを割り切って採点を廃止し、第次審査では500円と1000円の割合が50対50になるように配分するというものです。
この改訂によって500円が1000円に流れる傾向に歯止めがかかり、賞金支払い額の削減は何億円というオーダーにのぼりました。また、最も件数の多い下級提案での感覚評価を容認したので審査工数が大幅に削減されました。
つまり、効果は何点、着想性は何点…、というふうにひとつひとつ評価点を積み上げてつじつま合わせをするのではなく、提案をみて直感的に、これは円、これは500円、これは1000円これは2000円以上…、とやってしまうことを認めたために審査が非常にスピードアップされたわけです。

 
 
7.審査基準は状況に応じて変える

提案の何にどれだけのウエイトを置いてみていくかということも提案の成熟段階に応じて少しずつ違ってくるものです。私が担当した15年間のうちに審査基準の改訂は回行ないましたが、主な改正点はつぎのようなものでした。
「効果」の評価点の合算
 提案は当初「効果」「利用度」「独創性」「努力」つの項目で評価することになっており、このうち「効果」は定量効果と非定量効果のいずれか高い方で評価することになっていましたが、1974年からは定量効果の評点を青天井にするとともに、定量効果と非定量効果の評点を合算できるようにしました。これは定量効果だけで評価したとき生産量の少ない職場が不利になることを是正しようとしたものです。
 さらに1976年からは、提案の評価に上限なしというの感覚的にあり得ないのではないかというので上限を設定してそれ以上については足切り方式を採用しました。
独創性についての基準変更
 提案のアイデア要素は「独創性」だけで見ていたのですが、1976年からは「独創性」の基準を変更し、新たに「着想性」を追加しました。
「独創性」というのは工業所有権でいう「新規性」に近く、世間にまだない新しさを意味しています。しかし、これでは現場の提案はなかなか高得点を取ることができない。そこで独創性の解釈に幅を持たせて、世間レベルの新しさでなくても、その職場なりその個人なりに新しさがあればそれで良いということにしました。
 たとえば、ボルトの箱をコンベアと同じ高さのところに置いておくと、かがまなくても取れる。あるいは、設備のレイアウトをくふうすると10歩の歩行距離を歩に縮めることができる。それが世間ではすでに行なわれていることであっても、自分の職場への応用をくふうすることの中にアイデア性を認めていこうとしたのです。
 いわば、人まね、物まねの奨励であり、それによって現場の創意くふうを均質に世間の最も進んだところまで引き上げようということであったといえます。
着想性の新設
 新しく追加した「着想性」という評価項目は、大野耐一委員長が言い出されたもので、どういう問題に目を付けたかをみようとするものです。たとえば、誰でも気づく小さな問題を発見してそれを解決したのか、日常見過ごされていた問題に気が付いてそれに手を打ったのか、あるいは、みんなが気が付いていながら手を付けられなかった問題に挑戦したのか、という目のつけどころのよしあしを見ようとしたものです。

 
 
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8.提案目標廃止の方向へ  

先にも述べたように提案の量が増える理由のひとつは、目標の設定とそのフォローです。目標とそれぞれの実績を公表すればだれでもその目標をクリヤーしようとするし、最下位になれば全力を尽くしてそこからの脱出をはかろうとします。 たとえば年間12件という目標を出せばそれがいつのまにか最低ラインと読み替えられて、実績の平均値は14件にも16件にもなります。こうして件数目標の設定と実績の公開は止まることを知らない件数競争にみんなをかりたてます。
 『しかし、本当のアイデアだとか創造性というのはそのように上から目標を押しつけて育つものだろうか』というのが、私がこの仕事を始めてからの一貫した疑問でした。

いまから10年ほど前、三重県の賢島で開かれた合宿研究会で私は「提案の件数目標を廃止してはどうか」という提案をし、各社の提案事務局の方々と激論を戦わせたことがありました。しかし、40人近い参加者の中でそれに賛成してくれる人は人もありませんでした。
「そんなことをしたら、だれも提案を出さなくなってしまう」 とみんな言うのです。たぶん今日の大多数の会社でもそうでしょう。しかし、トヨタ自動車はいま、件数目標を廃止しました。
件数競争による質の低下にわれわれはこれまで述べてきたような手を打ってきたのですが、人当り件数が30件を越えた1982年からは創意くふう提案はすでに定着した、もはや件数が後戻りする心配はない、と判断して目標の設定そのものを段階的に廃止することにしました。

1980年までの全社目標:人当たり年間12件
1981年:人当たり年間20件(但し技能員)
1982年:全社目標は廃止。各工場、部門ごとに自由に目標を設定すること。
1983年:全社目標並びに部門、工場目標は廃止。部署ごとのムリのない目標を設定すること。部門工場間の実績グラフは公開しない。
1984年:全社目標は設定しない。各部門j、工場ごとに目標を設定するのは自由とするが、できるかぎり自主性を尊重した活動とする。件数実績グラフは非公開とする。

 
9.年度表彰制度の改訂  

創意くふう活動の方向に大きな影響を与えるもうひとつの要素は年度表彰基準をどのように設定するかということです。年度表彰には職場表彰と個人表彰がありますが、このつの表彰基準も量中心の基準から質中心の基準へと手直しを行ないました。
職場表彰基準の改訂

 職場表彰は提案活動の優秀な部署を16部署選出し、社長名で表彰します。この表彰基準は次のようなものでした。人当たり平均賞金額の多い順に、工場12部署、部門4部署の計16部署を選出する。賞の順位は付けない。ただし、次の条件を満たしていなければならない。
1.提案参加率が工場、部門のそれぞれの目標を達成していること
2.総提案件数のうち6000円以上の優秀提案の占める割合が、各部門の平均値の0.75以上であること

 人当たり賞金額の多い順に表彰するというこの基準は、賞金体系が下に厚くなっていますから、件数の多い部署が有利になり、量中心の基準でありました。そこでこの基準は1983年に次のように質中心の基準に改めました。
・6000円以上の優秀提案件数が在籍人員に占める割合の上位順に表彰する。
・ただし、人当たり提案件数が10工場の平均値以上であること

 

個人表彰基準の改訂
 年度個人表彰の従来の基準は次のとおりで、職場表彰に比べると質の歯止めがきいていました。

 次のつの基準を満たしたものについて総獲得賞金額の多い順から、金賞40名、銀賞60名、銅賞200名、合計300名を表彰する。
1.件当たりの平均賞金額が1200円以上であること
2.3000円以上の提案が件以上あること

賞金額累計順に選出するというやり方はやはり量がベースに なりますが、ただし書きによって、単なる件数稼ぎは除かれます。しかし、上級提案の一発主義も受賞は難しく、比較的質の高い提案を継続的に出している提案者を高く評価しようとしていました。しかし、賞金レベルが相対的に高まってくるとただし書きのつの条件はすぐに達成されてしまい、逆に優れた提案を数多く出していながら獲得賞金額が不足して受賞できないというケースが出てきました。
 そこで、このことの見直しから、1983年、ただし書きのつの条件は次のように改められています。

1.件当たり賞金額が1400円以上であること
2.3000円以上の提案が5件以上あること

 
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