仕事の事典 》 提案の心と創造の心 第2章 |
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揖斐昇 著
提案の心と創造の心
―トヨタ創意くふう活動と私の15年―
書籍版:1987年8月25日 創意社刊 |
第2章 現場の英雄たちとの出会い |
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このページの掲載項目 |
1.旅先の語らい |
2.6人会 |
3.現場の人たちはみんな家で提案を書いてくる |
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1. 旅先の語らい |
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■提案をいやだいやだという思いから私が脱却できたのは、提案に一生懸命になっている人たちとの出会いがあってからのことです。創意くふう提案の発足当時から年度表彰をとった優秀提案者は他社工場に見学を兼ねて旅行するのが習わしでした。むろん全社事務局がそれを企画し、引率するわけです。私にとってその最初の機会が1972年の秋にありました。
■このとき、全社3万数千人の中から選ばれた社長賞金賞の受賞者40人を引率して広島、山口両県で当時の東洋工業、現在のマツダの工場を見学し、観光地での行楽を楽しみました。現場の人たちにとっては会社の費用で旅行するなどということはめったにあることではなく、束の間の楽しい時間を過ごしました。提案の事務処理だけに追われていた私はこのときになってはじめて現場の提案者たちと親しく接触する機会を持ちました。
■言葉を交わしてみると実に素朴で、純粋で、ひたむきな人たちばかりです。山口県の温泉宿で、打ち解け合った気安さとアルコ−ルの勢いで、日頃胸に溜まった苦しさがついグチになって出てしまいました。
「みなさんのように提案に一生懸命になってられるのをみると本当にうらやましいと思いますよ。私の場合は提案と相性が悪くてね。たまらなくなって、部長にどこか別の仕事に変えてくれと言ったことさえある。そんな私があなたがたを引率するのは非常に気が引けるんです」
「ボクらもつらいと思ったことはいくらもありましたよ」 と挫折感に打ちひしがれていた時代の自分を語ってくれた人がいました。
「私なんかもっとすさまじいものでした。前の会社の上司と3回も喧嘩をして、ついに会社をやめて、来る日も来る日も酒に明け暮れていたことがあります」
それでもくじけずに前進していって、やがてすばらしい上司に出会うことができたと彼は言います。
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■この時の40人は大半が途中入社の人たちでした。はじめから陽のあたる場所を歩いてきたエリ−トは少なく、中学校では後ろから数えたほうが早かったという人もいました。
「臨時工でトヨタ自動車に入ってね。毎日油の臭いと騒音の中で黙々と働いてきて、あるとき何かのきっかけで出した提案が上司に認められて、なかなか目のつけどころがいいからもっと出してみろって言われた。それが嬉しくて一生懸命考えてくふうして、提案を書いた…」
■上司に励まされながら自己啓発し、先輩たちの提案を研究してついに社長賞金賞を受けた。創意くふう提案との出会い、その上司との出会いがなかったらいまの自分はどうなっていたかわからないと彼らは言います。
みんなシンミリした気持になっていました。
■私がつまらない仕事だと思っていたこの創意くふう活動に彼らはこんなに一生懸命になっている。彼らにとってはそれこそ創意くふうは生きがいであり、3万数千人の現場集団の中で自ら挑戦し、持てる知識と技術と知力のすべてを注ぎ込んで自分を試し、自分を際立たせることのできる貴重な場になっているわけです。そんな彼らのために何か役に立つことをやってあげたい、そのときそう思いました。
「臨時工の身分も、学歴や勤続年数のハンディも、創意くふうは乗り越えるチャンスを与えてくれる」
という声に、私はみんなと一緒になって深くうなずいていました。
■本音が出るとみんなよりいっそうの親しみをこめて、改めて杯を交わしました。
「おい、1人1,000円ずつ出して芸者を呼ぼうじゃないか」
とだれかが言い出し、満場一致で芸者が呼ばれ、その日は夜のふけるまで飲んで騒いだものでした。
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2.6人会 |
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■2泊3日の旅行が終わり、40人がバラバラになってしばらくして、そのうち2人が偶然にもばったり会社の生協で出会ったという話を私は後になって聞きました。
「やあ、どうしている?」
「懐かしいな。もう一度みんなで会いたいな」
■それがきっかけでもう一度集まろうということになり、40人のうちのリーダー格の5人と私とで「6人会」というのを作りました。6人は毎月1回みんなの家庭を順番に回り奥さんの手料理で1,000円の会費で何回かの懇談会を持ちました。
何万人もの中から選ばれて金賞を獲得した人たちだけにみんなそれぞれにすばらしい個性をもったサムライです。
■私以外の5人のプロフィールを紹介しますと、
●山本力男さん… 堤工場総組立部組立課。包容力のある親分肌。 部下の面倒見がよ く非常に魅力ある人物です。
●久米一良さん… 堤工場成形部製造課。頭の切れる現場の理論家。絵をたしなむなど幅広い趣味を持っています。
●坂本誠一さん… 上郷工場22機械課。この人も部下の面倒見の良い人で、同時にあらけずりな野人的タイプです。
●坂東強司さん… 生産管理部資材管理課。幅広い職業の経験があり、知識と知恵の塊みたいな人。思いやりのある豊かな感受性の持主でもあります。現在は私の後任として創意くふう事務局を担当。
●高木正樹さん… 自分で課題をみつけ次々挑戦していく実行力のあるタイプ。その後一時組合の専従職員として職場を離れていましたが、現在は元町工場の創意くふう事務局を担当。
■創意くふうの苦労談、部下指導の苦労談、それぞれの職場の状況、それぞれの固有技術の話…、ひとりひとりが持っている知識情報は、他の5人にとって職場では得られない新鮮なものでした。身の回りの小さい範囲のことしか知らなかった自分の前に新しい世界が開け、刺激され、啓発されました。 事務局を担当する私にもそれは同じでした。
■彼らがこの制度に何を期待しているのか、何を考え、何を思って提案するのか、何に着眼しどのようにして問題を探り、少しでも大きな効果をねらうためにどんなくふうをこらすのか。彼らと話し合ったことはそれを知る上でも役に立ちました。
■他人よりも1時間早く出社して現場を回り、目と耳と五感をとぎすまして問題を探り、メモを取るのだと誰かが言います。そのときに「おやっ!」と思ったことを作業しながらずっと考えているのだそうです。何度も現場を見て、データを取って、上司にも意見を聞いてこつこつと自分で工作して実験してみる。仲間がそれに力を貸してくれて、そして、そのときのメモを持ち帰って夜提案を書く。
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3.現場の人たちはみんな家で提案を書いてくる |
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■当り前のことですが、現場の人たちには職場で提案を書く時間も場所もありません。私たち、事務屋は仕事が残りますと、部下の手前、書類を封筒に入れて家に持って帰ることがよくあります。しかし、くつろいでテレビを見て晩酌するともう仕事なんか手に付かなくなって、明くる日その封筒をそのまま会社に持ってくる。しかし、現場の人たちは家で提案を書いてくるのです。
■現場は寒い日も暑い日も2交替です。日曜日の家族の団らんの後、寒い冷えきった夜、8時半頃凍るような道路をやってきて勤務につきます。夏は昼間からクーラーを入れ密閉した部屋で睡眠をとらねばなりません。そんな条件の中で彼らは改善を考え、家で提案を書いてくる。その実態を知って私は頭が下がる思いがしました。まして金賞を獲得するために、彼らはそんな努力を何カ月も何年も積み重ねてきているわけです。
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■彼らとディスカッションしていると、彼らのそういう創意くふう活動の苦労が自分の中に伝わってきて創意くふう提案制度が、単なる制度ではなく、彼ら現場マンの全てをぶつけた活動であることが見えてくるのです。
・創意くふう提案活動が現場の中で果たしている役割
・それが人々に働く目標を与えていること
・その目標に挑戦する過程で人々が自分自身と戦い、それに打ち勝ち、自分をより大きくしていっているということ
・その背後に人と人との無数の出会いがあり、ドラマがあること……
■そのことを私は6人会の中で、5人の優秀提案者から直接に学び取ることができました。それが、私に提案への興味を起こさせ、この仕事にのめりこませた最大の動機です。
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