仕事の事典  》 提案の心と創造の心 第4章
 
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i  … 揖斐昇 著
提案の心と創造の心


―トヨタ創意くふう活動と私の15年

書籍版:1987年8月25日 創意社刊
 
 第4章 創意くふうを生み出す風土      
              このページの掲載項目        .提案に関係のない人はひとりもいない
.創意くふうは人を育てる
現場の知恵を大切にする
.評価の決定には1分もかからない
.提案は現場の生の情報を伝えてくれる
 
1. 提案に関係のない人はひとりもいない

創意くふう提案は前章に見たような創意くふう制度の骨組みの上に生まれます。1985年では245万3105件。月に20万件強。しかし、制度の骨組みを言うだけではこの245万3105件を説明したことにはならないでしょう。創意くふう制度はトヨタ自動車のもつ価値観と他の諸制度との絡み、万人の人間の中に繰り広げられるドロドロした人間関係の上に築かれています。その創意くふうの風土を言葉で表現するのは非常に難しいことですが、それを少しでもわかっていただくために、この章では事務局としての私自身のいくつかの見聞をご紹介したいと思います。
245万件の提案者は管理職以上を除く全従業員、5万4000人です。管理職以上に提案資格がないわけではもちろんないのですが、創意くふう制度では管理職の提案は審査表彰の対象とはしていません。管理職以上は提案を指導し、審査し、表彰するという立場で創意くふう活動に参画するわけです。従って、トヨタ自動車には社長から新入社員に至るまで提案に関係のない人は人もいないのです。
たとえば、社長は毎月優秀提案者を表彰します。専務は創意くふう委員会の長として、毎月の表彰式に出席するとともに創意くふう委員会を主催します。そして、ここでは毎月20件の提案の中から選び抜かれた10件程度の提案が審査されます。部門、工場では常務または取締役を委員長とする創意くふうの部門委員会、工場委員会というのがあり、それぞれの部門、工場ごとに毎月30件程度の提案が審査されています。さらにその下では、部課長による分科会があり、その下では係長、工長が、それぞれの部下から上がってきた提案の審査に携わっています。こうしてすべての階層の人たちが上下一体になって改善を推し進めているわけです。

 
 
2.創意くふうは人を育てる  

創意くふう提案というのは、ある意味では、トヨタ自動車の社内で行なわれている様々な活動の結果だと見ることができます。原価低減活動、業務効率化活動、IE、VA、QCなどの活動の結果はかなりの部分が提案という形で出てきます。しかし、その全部ではありません。そのようにして提案として出てきたものの経済効果をトータルすると全部でいくら儲かったかという類の話が世の中には随分あるのですが、創意くふうというものの本質はそのような諸活動の結果としての効果額ではないだろうと私は思っています。
もし、提案による経済効果を合計したとしたらかなりの額になるでしょう。しかし、それはひとり創意くふう提案活動だけの成果とは言えないし、全部をカバーしているわけでもないから、諸活動の成果のトータルとも言えないのです。創意くふう提案というのは、単に諸活動の結果の一部を表現するもの。というよりも、もっと積極的な意義を持っています。それは、提案を通じて人を育てるということです。
たとえば原価低減活動において、ある部門の今年度のコストダウン目標が20%だったとしましょう。その部門の部長や課長にとってその20%は絶対達成しなければならないノルマです。部課長はこれを達成するためにラインのレイアウト変更なり、段取りの短縮などによって工数低減し、省人化のプランを作りあげますが、実はこの20%のうち大半は部課長とスタッフの段階で達成の見通しをつけられるのです。ところが、これを15%まで部課長とスタッフでノルマとして負い、残り%をを全員参加で改善しようと持っていくのがトヨタ流の管理者なのです。

部課長は監督者を集めてその趣旨を徹底させます。そして、作業者自身に改善目標を立てさせて、身の回りの改善を考えさせるのです。
「自分の歩いているあそこの箇所に在庫が多い。あれをどうしたらいいだろうか」
「今まで10歩歩いていたのを歩に短縮するくふうはないだろうか」
「自分は今まで旋盤を持っていたけれど、持ち時間をくふうして別の作業もやれるようにしよう」
「ラインが本あって、その間を行ったり来たりしている。この間のムダ歩きをなくせないか」
「4台の組み付け機を3台にできないか」

 

そういう細かい着眼をひとつひとつ出させ、管理監督者とスタッフがそれを指導しながら残りの%を埋めていくというふうに持っていくわけです。ひとつひとつは実に小さなことですが、作業者でないと気が付かないものばかりです。それに気付かせ、管理監督者とスタッフがアドバイスし、提案の形にまとめさせ、評価し、コメントを付けて返す。そういうやり取りの中で改善を教えていくわけです。
こうして一生懸命考えた提案が、たとえば40件あったとして、問題はその40件が多いか少ないかではなく、また、そのことによる経済効果を全部寄せ集めていくらになるかということでもないはずです。大切なのは、創意くふう活動がそのようにして上司とスタッフを含めた全員がひとつの方向に向かって物事を考え実践していくという風土づくりを担っているという点にあります。

 
 
3.現場の知恵を大切にする

創意くふう提案はもちろん何を提案してもいいのですが、だからといって、上司はただ部下が提出してくれる提案を待ち受けているだけではいけません。いま会社がどんな創意くふうを必要としているかを常に知らせる努力が大切です。トヨタの提案組織は職制組織とイコールですから、そういう意志疎通は非常にスムースに行なわれます。会社が今求める質の高い提案というのは、ただ単に経済効果の大きい改善というよりも、厳しい環境に対応するためのそれぞれの立場で考えた精一杯のくふうです。
こんな例があります。車のバンパーは最近は高級感を出すためにウレタンフォームにラッカーを塗ります。このときマスキングテープを貼って二色が混ざり合わないようにしますが、このテープはドイツからの輸入品で、高価な上に糊が付着してそれを除去するのにコストがかかり、収縮性にかけ、はがすのに時間がかかるなどの問題がありました。そこで、ある作業者が家庭の電子レンジの連想から輸入テープをやめてサランラップにしては、と提案したのです。
こういう事例はスタッフや管理職は考えつきません。専門家というのはともすればマスキングテープの良いのを開発しようとする。しかし、現場は目の前の問題を何とかしようとして純粋素朴な知恵が出る。この提案には賞金12万円を支払いましたが、そんな現場の知恵にはうんとお金を出そうという考え方があります。
また、こんな例もあります。海外に移送する自動車はガラスの部分以外は塗装面を保護するために防水剤を塗ります。このとき人の作業者がガラス面にカバーをかぶせるわけです。この作業は手間もかかり健康にも悪い仕事でした。そこで、テレビの農機具のCMで稲を自動的に刈り取る装置をみて、自動車のタイヤにリミットスイッチを働かせて、前進すれば自動的にカバーが出てくる装置を考え出したのです。これは100万円くらいの設備投資でできます。賞金は10万円支払いましたが、これもお金のかからない提案です。
お金をかけた改善というのは、たとえば2000万円かければ、その上に場所もいるし保険金もかかるし、電気も油もいりますから、実際には2500万円にも3000万円にもなります。またお金がかかっていると、もっと良いアイデアが湧いてきたからといっておいそれと撤去したり改良したりすることもやりにくく、そのために改善が遅れることが多々あります。従って、お金をかけないくふうは何にも増して大切です。これからも奨励していかねばなりません。
従業員の高齢化がすすむ中で、高齢者の作業を少しでもラクにしようとしたこんな事例もあります。コンベアーラインでの組立作業でいろいろな部品をとりに行くのは高齢者には大変なことです。そこでラインの動力を使って腰掛けに乗り、部品本体が来ると腰を掛けたままで椅子が前進する。そこへジャバラ式の部品箱が伸びてきて取りつければよいといったくふうが提案されました。こんなふうに、そのときの企業が置かれた状況に添った提案こそ質の高い提案というべきだし、提案組織が職制組織とイコールであるというのは、会社の求めるところが伝わりやすく、そういうぴったりした提案を集めやすいということが言えましょう。

 
 
4.評価の決定には1分もかからない  

それでは、このようにしてみんなが提案したものがどのように審査されるのかその一端をお話しましょう。
私たち事務局は毎月30日に開かれる創意くふう委員会の席を準備し、必要な資料を整え、その月の創意くふう活動の概況を報告します。委員長である専務以下役員と部長十数名が集まって開かれる時間半の会議の大半は全社から選ばれた10件程度の審査に費やされます。所轄の部長がOHPを使ってその提案を説明します。代理は不可。従って、部長はどこから突っ込まれてもいいように提案者のところへいって十分に説明を聞いて来なければなりません。それがまたコミュニケーションの機会を作り出します。創意くふう委員会のメンバーも代理出席は不可です。もし、役員のだれかが海外出張や冠婚葬祭で休まれる場合には、当人の欠席のまま委員会は開かれます。当人には後で報告すれば済むわけです。
担当部長の説明が終わるといくつかの質問が交わされ、そして委員のだれかが発言します。担当部長の説明が終わるといくつかの質問が交わされ、そして委員のだれかが発言します。

「効果Aは12、効果Bは4、利用度4、独創性8、着想性8、努力度8…合計44点で賞金万円、こんなところじゃないでしょうか」
 全員がそれにうなずき、委員長が「それで結構」と言えばそれで決まります。評価が決まるのに分とかかりません。トヨタの審査基準は決してそんなにシンプルなものではありませんが、委員の評価にはほとんどバラツキがないのは見事なものです。
 それは委員の多くがこの制度が発足した当時から創意くふうの審査に携わってこられ、課長になっても、部長になっても、工場長になっても、それぞれの段階で創意くふうの審査推進に当たって来られているからに外なりません。
たとえば、大野耐一氏が創意くふう委員長であった頃の委員会で、こんな場面があったのを覚えています。機械の油差しの作業についての提案が出て、それを部長が説明していたとき、委員長がふと途中でさえぎって、「おまえは油差しをやっていないな。この中で油差しをした者はいるか?」 と言われたことがあります。
 このときは工場長にも部長にも油差しからやったという人はなく、油差しまでやった委員長には勝てないなとうなだれてしまったのですが、逆に言うと委員会では、件の提案はそんなふうに油差しの動作のイメージまで鮮明にしながら審査されているわけです。
 だからこそ、最上級の提案でもあっけないほどの早さで評価が決まるわけです。

 
 
5.提案は現場の生の情報を伝えてくれる  

いちばん重要なのは秒刻みのスケジュールに追われているトップがなぜ貴重な時間を割いて現場の提案の審査をしているかということです。その答は提案というものが現場のナマの情報を伝えてくれるからだろうと私は思っています。
組織のタテのパイプを横行する情報はきれいに加工され、読みやすく作文され、それだけに多少のウソを含んだ情報が多いものですが、提案には作文が入り込む余地はありません。現場の油と汗の臭いの入り交じったそのものズバリのナマの情報です。それを前に関係部署の部課長を交えてトップが議論するわけです。この改善のネタに対して部課長としてどのように取り組んだかということです。

 

たとえば、こんなことがありました。クラウンのクランクシャフトがA社から入ってきます。このクランクシャフトは歪みが出るものですが、これを自動車に取りつけてエンジンを回転させた場合に歪みを出さない工夫が提案されました。すばらしい工夫です。
しかし、そのために2000万円の投資が必要で、部長は自分の権限でそれを決定していました。委員会での論議はその2000万円の投資を決定するに当たって、たとえば、クランクシャフトの納入メーカーに歪まないような設備投資をさせた場合とトヨタが自社で設備投資する場合のコスト比較をなぜしなかったかということが議論になりました。
ナマの情報だからそういう議論に発展するわけです。そしてそういう議論を徹底してやることによって、創意くふうの審査会はトップにとって現場に直接触れる機会になっておりまた、管理者にとっては貴重な勉強の機会になっているわけです。審査会はそういう意味で毎月貴重な時間を割いて行なうだけの価値のあるものとされているのです。このとき、提案は単に紙に書いたひとつの結果に過ぎません。むしろ、それをネタにして戦わせられる論議ほどトヨタの創意くふう風土を象徴的に表わしているものはないという気がします。 

 
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