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ネット版 改善改革探訪記 №229
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私鉄経営のモデルをつくった阪急阪神東宝グループの創始者ut

 小林一三記念館探訪記


1906(明治39)年の鉄道公有化法により、阪鶴鉄道(現在のJR福知山線)は国有化されることになった。それまでの民営会社の清算事務に当たったのが小林一三(1873-1957)だった。阪鶴鉄道は別に、大阪・箕面・有馬を結ぶ鉄道敷設の免許を得ていたが、小林はこれに大きな可能性を見出し、株主を説得して鉄道を電気軌道に変更。新たに箕面有馬電気軌道という会社を興し、自らその代表者となった。

紅葉の名所と温泉への行楽客だけでは採算がとれるはずはない。そこで、土地が安く空気のよい沿線を宅地開発した。大阪市内の人々に歓迎され、多くの人々がこの沿線に住むようになった。さらに箕面動物園、宝塚新温泉、宝塚歌劇、百貨店や大食堂のある梅田のターミナルビルなど、沿線に人々が行ってみたいと思う施設を次々と作って乗客を増やした。

温泉地の余興として始まった宝塚少女歌劇は、鉄道会社の資金援助の下で、宝塚音楽学校に優秀な生徒を集め、欧米の舞台芸術を取り入れ、宝塚大劇場、東京宝塚劇場をオープン。さらに、東宝を設立し、全国ブランドで歌劇、映画、喜劇、寄席、歌舞伎などの興行を展開した。

小林一三は山梨県韮崎の商家の生まれ。生来のお客様志向に加え、かつて銀行マンだったことから経営感覚も鋭かった。加えて日清・日露の戦勝を経て、庶民が豊かさを求めた大正デモクラシーの時代だったことが追い風となり、鉄道事業と不動産事業・少女歌劇・映画・芸能・野球などを両輪としながら、人々に次々と豊かな生活を提案し、提供し続けた。

●本文 → kobayashiichizoh.pdf
●阪急文化財団のURL →  http://www.hankyu-bunka.or.jp/kinenkan/
●掲載先 → リーダーシップ7月号 
(発行元・日本監督士協会のURL  http://www.kantokushi.or.jp/


開業当時の箕面有馬電気軌道の電車(写真提供 阪急文化財団)。写真クリックで本文表示


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