仕事の事典  》 第13章 お客様  》 お客様との関係をつくる
 
TOP 編集のねらい 5S 安全 品質 作業 治工具 設備 省力 環境 コスト 事務 IT化 組織 お客様 社会 地域 探訪記 総目次 索引
 
お客様‐1301b  お客様との関係をつくる BACKNEXT

商品を売るには、その前にお客様との人間関係を築くことが必要です。そのための工夫を集めました。

 このページの掲載事例→                                ●1301b01 心が通じてはじめて商いが成立する  
 ●1301b02 ライトバンで帯を売りに行く  
 ●1301b03 お客様と並んで一緒に考える  
 ●1301b04 地域の1軒1軒と関係を築く  
 ●1301b05 受注生産装置の需要先を開拓する  
 ●1301b06 歯科医院に子どもと女性の来院を促す
 ●1301b07 「買ってください」とは言わず
ニーズが高まるのを待つ
  
 ●1301b08 海外からの鋳造加工需要先を開拓する 
 ●1301b09 現地の生活に入り込み商談を成立させる 
 ●1301b10 誠意をもって応えれば明日が開ける  
 ●1301b11 小口工事の需要先を開拓する  
 ●1301b12 チャンスをこじあける  
 ●1301b13 電車の乗客を創造する  
 
【1301b01】 心が通じてはじめて商いが成立する  

■映画「てんびんの詩」の主人公、近藤大作は商家の跡取り息子。13歳で小学校を卒業するとすぐ、父から鍋の蓋を売ってくるよう命じられ、天秤をかついで家を出た。  

■自分が近藤家の息子だと名乗ればすぐに買ってもらえる…と思って親戚や得意先を回ったが、それが商いを学ばせるための修業だと心得ている人々が同情して買ってくれることはなかった。

■足を棒のようにして歩き回っても全く売れない日々が3カ月続いた。どうしたら買ってもらえるのかわからず、絶望的になっていた時、大作はある百姓家の前の小川に洗いかけの鍋と蓋を見つけた。

■この蓋を壊してしまったら自分の蓋を買ってくれるかも知れないとふと思った。しかし、この蓋も自分のように難儀して売ったものかもしれないと思い直す。するとその蓋が愛おしく大切なものに思えてきて、思わずそれらを洗い始めた。

■「人の鍋、何するの!」それを見つけた百姓家のおかみは大作を咎めた。大作は、勝手なことをしたことを謝り、鍋蓋を愛おしく思えたいきさつを話した。事情を理解したおかみは「あんたの一生懸命さがわかったよ。あんたの鍋蓋、全部買うてあげる」と言ってくれた。

■売るものと買うものの心が通じてはじめて商いが成立する。そのことを感動的にわからせてくれる映画である。 

参考文献:竹本幸之祐著「てんびんの詩」(商業界。1984
 

 
 
【1301b02】 ライトバンで帯を売りに行く   


小杉織物社長の小杉秀則さんは、祖父の代から続いた機屋の家業が傾いたとき、大学を中退して父を助けることを決めた。

■その手はじめに、父はライトバンに帯を積み込み「この帯を売ってこい。全部売れるまで帰ってくるな」と命じた。北陸一体の旅館と民宿を何日もかけて11軒くまなく回ったが、まったく売れず、売れたのは父の知り合いだった民宿のおばさんが、赤い帯2本を500円で買ってくれただけだった。この苦い経験が商いの厳しさとそれに耐える強い心を教えてくれた。

■ある商社からアメリカ向けのファッションベルトをつくってくれないかという話がもたらされた。同業他社は見向きもしなかったが、小杉さんはそれを引き受けることを決め、それがアメリカだけでなくヨーロッパでも大いに売れた。

■この仕事の中で和洋折衷のデザインを創出しそれを蓄積したことが、後の浴衣ブームの中で若い人たちの心をとらえた。同社はいま浴衣帯のトップメーカの地位を築いている。

取材先 小杉織物
取材 2018/06/12
掲載先 リーダーシップ2018/08
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki206.html

 
ショールームのつくり帯
 
【1301b03】 お客様と並んで一緒に考える  
 
■プラスチックと金属の一体成型技術を開発した大成プラスには、こんなものがプラスチック加工で作れないかという相談が持ち込まれる。相談は他社が断った難しいものばかり。

■そとき成富正徳社長が心がけたのは、お客様の横に並んで一緒になって考えることである。

■向かい合った対立の目線ではお客様が持ってこられた図面の枠の中で考えるしかなく、その枠内だけで考えれば、それまでに断った加工業者と同じ結論しか出せない。

■お客様と同じ側に座って、お客様が困っていること、求めていることを一緒になって感じ、共有することに努める。お客様の考えている商品を忠実にイメージする。

■そのようにしてお客様の要望に応え、多くの難しい仕事をこなしてきたおかげで技術力が高まったという。

取材先 大成プラス
取材 2006/9/4
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki021.html

 


防水型携帯電話(上)と自動車のカードキー(下)
 
【1301b04】 地域の1軒1軒と関係を築く  

■カワムラモータースの営業マンたちは、市域を越え車で1時間の範囲まで営業活動を行なっていたが、なかなか成果が上がず、次々と辞めていった。そこで、方針を改め、次のような方法で地域から支持される会社をめざすことにした。

@車で10分の範囲の1200世帯ずつを担当する地域担当制を敷き、既存のお客様からご近所、親戚、知人、友人を紹介してもらい、その1軒1軒を毎月1回以上訪問。売り込みよりも、何かあったら声をかけてもらえる関係づくりをめざした。

A情報誌「瓦版」を手づくりして、「こんな情報誌を作りましたので見てみてください」と手渡していった。

B営業マンには成果を求めず、「こんにちわ」と声をかけて「瓦版」を置いてくればよいことにした。ご本人に会えなければ、おじいちゃんやおばあちゃん、子供さんに渡してくればよい。心をこめて挨拶し続けることが誠意であり、地域に根を下ろす第一歩だと説いた。

C営業マンの負担を少しでも軽くするために、定期点検、車検、自動車保険のアプローチ…などの周辺業務は事務部門や整備部門で肩代わりした。

■根気よく通ってくる営業マンを、地域の人々は「悪い人ではなさそうだ」と思うようになり「次の車検はお宅にお願いしようか」とか「自動車保険、お宅でお願いするよ」と言ってくれる人がポツリポツリ現れるようになった。

■5年が経過すると、

@この活動に手ごたえを感じ始めた営業マンが辞めなくなり、販売台数あたりの収益が改善された。

A以前は値引やサービスを要求するお客様が少なくなかったが、通い続ける中でいつの間にか親しくなり、「いつもお世話になっているから無理は言えないね」と無闇な値引きを要求しなり、車1台を販売すると点検、車検、自動車保険など、すべて任せてくれるお客様が増えた。

■この成果をベースに同社は1994年に新たな店をオープン。同年、全国のホンダプリモ系列店で行われるメーカーのCS調査で日本一になり、その後1997年まで連続4年間日本一の座を占めた。

取材先 カワムラモータース
取材 2006/5/23
掲載 ポジティブ2006/08
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki015.html

 


カワムラモータース外観(上)と情報誌「瓦版」
 
【1301b05受注生産装置の需要先を開拓する   

■中央化工機は「振動ミル」を設計・製作・販売している。筒型の密閉容器に固形材料と硬球を入れ、容器を回転させることで、材料を粉砕する装置である。

■この装置のニーズを掘り起こすために、清川英明社長は、世の中の動き、市場ニーズなどを調べ、この機械が生かせそうな相手の目星をつけて訪問。「この機械は御社のこういう所でこんなふうに使うとお役に立ちます」と、こちらから提案した。

■先方の製品の値段や販売量についてもおおよその見当をつけていった。一見してこの技術が役に立ちそうに思えても、先方の事業規模が小さければ、何千万円もの高額装置が入り込む余地はない。商談はすぐにまとまるとは限らず、何年も通い詰めてようやく成約にこぎつけるケースが珍しくない。

■このようにして振動ミルは、粉末の抹茶、医薬品、健康食品などの生産に利用されてきた。さらにカラーテレビに使われるフェライト磁石やコンピュータのコンデンサに使われるセラミックの材料の粉砕にこの装置が使われてきたことで事業は大きく伸びた。

だが、近年はそうした営業のやり方が次第に通じなくなってきた。電子機器がブラックボックス化し、分解してもどんな材料が使われているか、どんな働きをしているかがわからなくなったからである。また、ユーザーはこの装置で何を作ろうとしているかを洗いざらい話してくれなくなった。となると、ユーザーの言うなりに装置を作るしかないが、それでは技術力は低下する。

■そこで近年は、異業種との共同研究や国のプロジェクトへの参画を始めている。いま参画しているのは間伐材を粉砕し発酵させアルコール燃料を作る研究。それに参画することで世の中のニーズを正確に把握し、異業種から刺激を受け、自社も専門業者として技術の発揮が求められ、新たなアイデアが出やすくなるという。

取材先 中央化工機
取材2006/10/8
掲載 ポジティブ06/1
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki022.html 

 


振動ミル(左)と中央化工機本社
 
 【1301b06】歯科医院に子どもと女性の来院を促す  

■寄田歯科クリニック(東大阪市)では、予防歯科医療の重点対象を12歳までの子供と40歳以上の女性に絞り込んでいる。12歳までの子供は乳歯が永久歯に生え変わるまでの虫歯になりやすい時期であり、40歳以上は歯周病の心配が増えてくる年代で、女性に重点を置いたのは、昼間に定期的に通ってもらいやすいからである。

■子供たちのために「カムカムクラブ」というサークルを作った。ここで歯の健康の大切さを知ってもらう分からせる小冊子を配ったり、健康学習のイベントを定期的に開いている。ときにはショーを演じて、その中で正しい歯磨きを教えている。

40歳以上の女性のために3カ月に1度「ウエルカムサロン」を開設。静かな音楽が流れる中でスタッフとコミュニケーションしながら歯の健康状態をチェックし、クリーニングする。

■お客様の目線で歯科医院の運営のヒントを寄田幸司院長は地元、東大阪市の異業種交流会から得たという。

取材先 寄田歯科クリニック
取材 2008/10/03
掲載 ポジティブ2008/12
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki075.html

 



カムカムクラブ
 
【1301b07】 「買ってください」とは言わず
ニーズが高まるのを待つ
 

■びわこホームの創業者、上田裕康さんが住宅販売の営業マンをしていたとき、1軒1軒ドアホンを押し、来る日も来る日も断られ続けた。

■訪問したある1軒の奥さんからこんな言葉をきいた。「マイホームは喉から手が出るほど欲しい。でも生活するのに精いっぱいで、そんな余裕はないのよ」

■聞いてみると母子家庭で、その生活は上田さん自身の幼い頃のことが思い出され、こんな家庭にこそ幸せになってほしいと思った。

■それがきっかけで、「家を買ってください」とは言わずに相手の話を聞こうと努めるようになった。「いつかマイホームを欲しいと思っていますか?」とは聞いたが、「買ってください」とは言わず、たとえ何年先になっても、先方のニーズがはっきりとマイホームに向かう日を待つことにした。

■その後、ハガキを書き、定期的に訪問し、聞いた話はすべて記録に残した。そういう関係を築くことができたお客様が何十人、何百人になると、その中から「マイホームを考えたいのだが、相談に乗ってくれないか」という話がポツリポツリと舞い込んでくるようになった。

■やがて上田さんはトップセールスマンになり、4年間トップセールスを続けた後、1990年、独立してびわこホームを創業した。



取材先 びわこホーム
取材 2014/11/13
掲載先 リーダーシップ 2014/12
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki163.html




びわこホームの規格住宅
 
【1301b08】 海外からの鋳造加工の需要先を開拓する   


■栄鋳造所(東京都八王子市)の鈴木隆史社長は、バブル崩壊、国内メーカーからの受注
目減りに対応して、海外メーカーからの受注の開拓をめざして、海外各地を視察した。

■得意先から海外に工場をつくらないかと誘われたとき、日系メーカーの下請けを続けていては自分の力で未来を拓くことができないと思った。シリコンバレーで中国系加工メーカーを視察したとき、技術的には自分たちの方が上だと思った。ドイツの片田舎で自社と同じ鋳造会社を見学したとき、彼らが知っている日本企業はトヨタ・ホンダ・パナソニックのような会社だけで、日本企業の99%を占める中小企業はほとんど知られていない。その原因は言葉の壁・文化の壁だと思ったそれを乗り越えれば自分たちにも海外メーカーからの受注のチャンスがあると確信した。

■そこで、国内各地の中小企業経営者と共同で「インデックスライツ」という会社を立ち上げた。メンバー会社の技術を写真と英語で紹介した広報誌を発行するとともに、ホームページのポータルサイトで同様の記事を各国語で発信。海外での営業活動の代行も行う。

■この会社を活用しながら、海外営業活動を展開したことで、同社には海外メーカーから鋳造の注文が入ってくるようになり、現在は海外からの受注が7割を占めている。そして、国内での外国人雇用が海外からの受注への対応力を高めている。

取材先 栄鋳造所 
取材 2016/02/09
掲載 リーダーシップ2016/04
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki178.html
 


インデックスライツの広報誌
 
【1301b09】 現地の生活に入り込み商談を成立させる  


■東海メディカルプロダクツの筒井宣政会長が父から事業を引き継いだとき、会社は負債を抱えていた。返済に何十年もかかる莫大な金額で、借金はなかなか減らなかった。

■あるとき、商社に勤める友人から、アフリカの女性向けに塩ビ製の髪結い紐を作れば儲かるという話をきき、試作品を作って単身アフリカに乗り込んだ。

■言葉も通じず、風習や生活スタイルも違っていたが、数週間かけて現地人の生活に入り込み、現地の貿易商の信頼を得て商談を成立させた。

■塩ビ製の髪結い紐の輸出が始まり、その輸出先がアフリカ各地に広がって、72年と5カ月分の借金を7年にまで短縮させた。

取材先 東海メディカルプロダクツ
取材 2016/11/02
掲載 リーダーシップ2017/01
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki187.html

 
【1301b10】 誠意をもって応えれば明日が開ける  

■太陽パーツ社長の城岡暘志さんは、31歳でネジの販売商社を脱サラし金属部品加工の中継の仕事を始めた。金属加工の注文を貰って、それを図面に描き、加工業者を見つけてその間を中継ぎするという仕事だった。

■家庭日用品業界に何度も足を運んでようやく弁当箱の蓋をパチンと止める金具をつくる仕事をもらった。電話帳で調べた加工業者を訪ね、「こんなものをつくってほしい」と頼んだ。

■ほとんどの加工業者が「ああいいよ。つくってあげるよ」と言ってくれたが、1軒だけ「キミはブローカーか? 作ってほしかったら、先にここに金を積め。現金を持ってこない奴を俺は信用しない」と言われたことがあった。

■いま振り返ると当然の言い分だったと城岡さんは言う。城岡さんは当時現金を持っておらず、発注者から回収する代金で払うつもりであることは、他の加工業者もわかっていた。わかっていながら「そんなに悪いことをする人間でもなさそうだ」と信用してくれた。

■まずはそれに誠意をもって応えてこそ、明日が開ける。そのことを思い知らされた出来事だった。

取材先 太陽パーツ
取材 2017/12/08
掲載 リーダーシップ2018/02
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki200.html

 
金属加工部品群
 
【1301b11】 小口工事の需要先を開拓する   


■電設工事と水道工事の受託業、島根電工では、バブル経済崩壊後、役所や大手ゼネコンからの公共工事や大口工事関連の受注が大幅に減少。そこで荒木恭司社長は次のような方法で大口工事から小口工事に重点を移行させた。

■荒木さんの出雲営業所長時代、次のような方法で小口工事の需要先を開拓した。

@商工会議所やライオンズクラブの集まりで、地元の経営者1人ひとりとの間で関係を築き、「どんな小さな工事でも構いません。工事が必要になったらどうぞ声をかけてください」と頼んで回った。

A地元の夏祭りに参加。幟を掲げ、揃いの浴衣で素戔嗚尊と大蛇に扮して練り歩き「島根電工」の名前を浸透させた。これにより、小口工事の依頼が集まるようになり、出雲営業所の売り上げは大きく向上した。

■荒木さんが本社の営業部門責任者となってからは、全社で小口工事に重点を置いた営業戦略を展開するとの方針を打ち出し、それまでの飛び込み営業に代えてTVコマーシャルを流した。作業服姿の社員が「たすけたい、たすけたい」と声を合わせて行進する姿を流し、「照明器具の取り換え、コンセントの増設、水道の蛇口の交換、エアコンや換気扇の掃除など、11000円から出動します」と訴えた。

■「サットくん」という端末装置を開発。お客様宅この端末装置により見積書を打ち出せるようにした。これにより、小口工事の営業効率が高まり、営業と施工の両方を担当できる社員が増えた。

■お客様の個人宅を少人数で訪問した時、笑顔で、嘘がなくて、お客様の立場に立って親身に相談に乗ってくれる社員を育成するため、新入社員から入社3年生まで、各年代ごとの合宿訓練で人としての質を高める教育に力を注いでいる。

取材先 島根電工
取材 2020/01/29
掲載先 リーダーシップ2020/03
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki225.html




住まいのおたすけ隊のTVコマーシャル画面(上)
とサットくん 
 
【1301b12】 チャンスをこじあける   


■小杉織物の小杉秀則社長は、あるとき、国内衣料品販売の最大手が、浴衣を取り扱うという話をきいた。浴衣帯の製造委託先の選定を大手商社が任せられ、小杉さんと同じ町内の帯の機屋9軒の連合体がそれを受注することが決まったという。小杉織物は浴衣帯の分野で圧倒的なシェアを持っていたのに、なぜかそこから除外されていた。

■9軒の連合体には、1軒ではどこもそれだけの注文をこなす力はない。といって、9軒が分担して帯をつくるとすれば、品質も納入ロットもバラバラになってしまう。「それでも大丈夫なのですか?」と小杉織物の小杉秀則社長が商社の担当者に忠告した。その一言で、話はひっくりかえり、その仕事は結局小杉織物が引き受けることになった。

■小杉織物は高額の投資をして、帯専用の高速織機を入れたばかりだった。本来ならきちんと計画を立てて、リスクを最小限に抑えてから前に進めるのが定石だが、そのやり方だけで進んでいたら、その後の小杉織物はなかった。分限を越えた高速織機を抱えていたからこそ、それを生かすために、チャンスを無理やりこじ開けてでも自分のものにしなければならなかったという。

■国内衣料品販売業最大手による浴衣の販売は、その後10年続いて終了したが、小杉織物の売上は今も拡大を続けている。

取材先 小杉織物
取材 2018/06/12
掲載先 リーダーシップ2018/08
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki206.html




ショールームに展示されている浴衣帯
 
 【1301b13】 電車の乗客を創造する  

■大阪と紅葉の名所の箕面、そして有馬温泉を結ぶ鉄道が計画されたとき、紅葉狩りの行楽客と温泉客を運ぶだけでは採算がとれないことは、誰の眼にも明らかだった。しかし、小林一三翁(18731957)はこの路線に大きな可能性を感じ、賛同者を募って、箕面有馬電気軌道を新たな会社組織にして、みずから代表者となった。

■小林にひらめいたのは、沿線に住宅開発することで、乗客を創造するというアイデアだった。当時の大阪の人口は過密で、工場の煤煙による被害も深刻だった。そこで、箕面有馬電気軌道の沿線に住宅を作って売り出したのである。空気がよく、地価の安い郊外のマイホームは、評判となり、大いに売れ、当初は電車の運賃収入よりも大きい不動産事業収入を生んだ。そして、沿線の通勤客は運賃収入の大きな担い手となった。

■小林はさらに、沿線各地に人々が電車に乗って行ってみたいと思う施設を次々つくった。箕面動物園、宝塚新温泉、宝塚歌劇、梅田ターミナルビルの百貨店と大食堂、宝塚ホテル、六甲山ホテル、豊中運動場の全国中学校優勝野球大会(後の全国高等学校野球選手権大会)、西宮球場のプロ野球、関西学院など有名私立学校の誘致…など。これらは沿線の魅力と利便性を高め、電車の乗客を大いに増やし、さらに地域全体の社会的、文化的価値を高めた。

■小林のこの手法は、その後の私鉄経営のモデルと呼ばれている。

取材先 公益財団法人 阪急文化財団
取材 200/05/30
掲載 燃えよリーダー2020/07
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki229.html


 開業当時の箕面有馬電気軌道の電車
(写真提供:阪急文化財団)
 
 ▲ページトップへ