絵で見る創意くふう事典  》 提案の心と創造の心 第8章
 
 TOP 編集のねらい 5S 安全 品質 作業 治工具 設備 省力 環境 コスト 事務 IT化 組織 顧客 地域 探訪記 解説 総目次 索引
 
i  … 揖斐昇 著
提案の心と創造の心


―トヨタ創意くふう活動と私の15年

書籍版:1987年8月25日 創意社刊
 
 第8章 21世紀の創意くふう活動を展望する      
              このページの掲載項目               .提案は日本製品の競争力を高めた
.NUMMI提案システム見聞記
.創意くふうのテーマが広がる
.創意くふうは仕事そのものになる
 あとがき
 
1. 提案は日本の競争力を高めた

オイルショックから今日までの10数年間、日本の産業界は輸出競争力の強化を最重点課題としてきました。そのために創意くふう活動は、エネルギーの削減、材料歩留りの向上、コストダウン、不良低減、工数低減、省人、省力…など、絶え間ない生産性向上活動の一翼を担ってきたわけです。
製品の台を作りあげるすべての工程で、均質に生産性を向上させるためには、現場の津々浦々できめ細かな改善の積み重ねが必要でした。そのために日本の提案制度は、
・全員参加が必要でした。
人当り年間数百件や数十件というある程度の量的な基盤が必要でした。
・審査のスピードを速め遅くともカ月で回答を出す体制づくりが必要でした。
・アイデアを具体的な改善に確実に結びつけるために、実施に結びつく提案を高く評価し、実施済提案を奨励してきました。
・全員参加を容易にし、量の基盤を築くために、提案の形式は 思い切って簡略化し、枚の提案用紙にポイントだけを箇条書きするような提案の書き方を確立しました。

この十数年間の提案活動は輸出競争力強化という大目標に向かって製品の生産性向上を最重点に上のような運営方法を作りあげたのです。いま、欧米やNICS(新興工業経済地域、香港、シンガポール、韓国、台湾など)をはじめとする諸外国の日本的管理手法への関心はかなりのものがあります。それはQC(品質管理)に始まり、KANBAN(トヨタ生産方式)、KAIZEN(改善)と続き、最近では提案制度がTEIシステムとローマ字表記されるようにさえなっています。
トヨタ自動車の私たちの事務局にも諸外国から多くの人たちが見学に見えました。その頻度は最近年間は週間に回以上にのぼっていました。そして自社版のスライド教材と英訳した「創意くふうハンドブック」によって外国からのお客様にトヨタの創意くふう活動を紹介することが、事務局の仕事の大きな割合を占めていました。

 
 
2.NUMMI提案システム見聞記  

GMとトヨタの合弁会社であるNUMMI(New United Motor Manufacturing Inc.) のレン・ウォーカーさんがわれわれの事務局に来られたのは昨年(1986年)の11月のことでした。ウォーカーさんはNUMMIのフォアマンとして採用されその後提案事務局担当として抜擢され、トヨタ流の提案制度を学ぶために来日されたものです。
私たちは日間にわたって彼にトヨタの創意くふう活動を説明し、工場を案内し、現場の人々の活躍ぶりを紹介しました。その間の彼の熱心さはすごいもので、次々私たちに質問を投げかけてきました。
「なぜこんな小改善まで採用するのか?」
「提案賞金はなぜこんなに安いのか?」
「日本のワーカーはなぜこんなに創意くふうに熱心なのか?」
「上司やスタッフはなぜ惜し気もなく自分のアイデアを部下に提供するのか?」

「それは信頼と尊敬です」と私は答えました。
日本のワーカーはお互いに尊敬と信頼の気持を抱いています。だから、たとえ小さなことでもみんなのためになることなら提案するし、その提案をもっと価値あるものに高めるためにお互いに援助を惜しまないのです。そして、そのように力を合わせて会社を発展させないかぎり、自分自身と家族の生活の向上はないと私たちは信じているのです。
ウォーカー氏はそのことに深く感動してフリモントに帰っていきました。そして、今年(1987年)の6月、私はNUMMIを訪問して半年ぶりにウォーカー氏に会う機会を持ったのです。たまたまアトランタとシカゴで数百の米国企業にトヨタの提案システムを紹介するというセミナーがあり、それに講師として招かれたのをきっかけに、NUMMIに寄って彼の活躍ぶりをこの目で見てみたいと思ったのです。
ウォーカー氏はやはり頑張っていました。昨年の提案参加率は25%、今年はこれを50%にしようという計画で、どんな小さなアイデアでも提案すれば参加賞をあげますという極めて日本的なやり方で、提案意欲を盛り上げていました。参加賞はと覗いてみるとライトペン。来月は大リーグのオールスター戦の観戦券を参加率の高い職場の全員に贈るのだそうです。
ユニークだなあと思ったのは提案に一切の賞金を払わず商品券にしていることでした。評価等級ごとに点数が決めてあってその得点をためれば商品に替えられるというやり方です。 

 

アメリカのサジェッションシスムと日本の提案制度の一番きわ立った違いは、前にも述べたように賞金の水準です。アイデアをお金で買うというアメリカ流のやり方は、小さな提案には一切支払わない代りに、大きな提案には効果の10%くらい賞金を支払います。しかし、尊敬と信頼に基ずく創意くふう活動を育てるためには、アイデアを金で買うというやり方をとりたくないとウォーカー氏は考えたのです。
私が訪問した当日、NUMMIでは提案推進委員会が開かれていました。参加率50%を達成するために各人の提案成績をグラフにして貼り出したらどうかという意見に、そのときは一斉に反発が起こっていました。それでは提案は強制になってしまう。強制されてまで誰も提案したいとは思わない、という率直な声が方々から出て議論が紛糾していたのです。
「グラフに表わせば確かにギスギスしたものが出てきます。しかし、実績を目に見えるようにしないと競争意欲が湧いてこないというのも事実です。ですから、上からの指導援助なしに競争させるのは問題です。提案競争はマネージャーがどれだけ部下を指導しアドバイスしているかの競い合いなのです。そのことをよくワーカーにもマネージャーにも理解してもらった上でそれと併行して提案成績をグラフ化してはどうでしょうか」
 と私は意見を述べ、大方の方がそれに賛同してくださったようでした。

NUMMIを辞去するとき、ウォーカー氏がこういってくれたのをおぼえています。
「ミスター・イビの言うとおり、全社の人々の意見情報が集まってくる提案事務局という仕事は非常に重要な仕事だ。ここで提案してくれた人たちをどのように導くかはNUMMIという会社にとって大切な意味を持っているような気がする。私はたとえマネージャーにならなくても、この仕事を大事にしていきたい」
 この言葉を聞いただけで私ははるばるアメリカまでやってきた甲斐があったと思ったものでした。

 
3.創意くふうのテーマが広がる

しかし、それほどの注目を集めた日本的管理手法は、その結果飛躍的に高まった日本製品の生産性の高さによって空前の貿易黒字が生み、円高と貿易摩擦を招き、さらに昨今はその円高による輸出ダウンを少しでも回避するための生産性向上策がまた新しい摩擦を作り出すという悪循環を繰り返しています。
ちょうどオイルショック直後に提案制度が一斉に見直されたように創意くふう提案は今また新しい局面を迎えつつあるようです。もちろん生産性向上というテーマはこれからも消えることはないでしょう。高品質の安い商品への消費者の要望は高まることはあっても低下することはないと思われます。しかし、これからの日本経済の重点課題が輸出競争力だけでなく、摩擦の回避と国際協調と内需の拡大という分野に広がってくると、創意くふうのテーマも単に既成品の生産性向上だけでなく、新しい需要の拡大に向けてもっともっと多様な展開をみせるようになるのではないでしょうか。
例えば、いまの第三次産業の創意くふうテーマがその新しい方向を暗示しているように思われます。
・どうしたらもっとお客様を魅きつけることができるか
・どうしたらもっとお客様に喜んでいただけるか
・どうしたらもっと楽しくなるか
・どうしたらもっとカラフルに、もっとかわいくなるか
・どうしたらもっとヘルシーになるか
・どうしたらもっと知的な演出ができるか
FA化、OA化の進展によって現場の省力化が進み、人々に求められる働きは頭脳労働が中心になっていくでしょう。これまでの創意くふうが作業しながら片手間で行なわれていたのに対し、逆に創意くふうを考えながらその合間に作業するような形になっていくに違いありません。それだけに求められる工夫はこれまでよりももっと広範囲な、もっとトータルなものになっていくような気がするのです。

 
 
4.創意くふうは仕事そのものになる  

21世紀に向けてのこれからの創意くふう活動は、制度運営面でもたぶんこれまでの十数年間と大きく変わることはないのではないでしょう。
提案の習慣はすでに多くの企業で確かなものになっています。職場の問題にひとり人がアイデアを考え、それをグループでブラッシュアップし、上司がその活動を見守り、必要なアドバイスを与えるという仕事の進め方は、もはや多くの企業でキャンペーンや表彰制度で支える必要のないところまで定着しているといってよいと思います。
そのことを確認しながら下級提案に対する審査表彰制度は少しずつ簡略化され、それらは日常業務の中に組み込まれていかれねばなりません。
枚提案用紙に書いて上司の評価を求め、件に対して賞金を払うような制度はもっと限られた範囲のことになり、創意くふうすることはほとんどの働く人々の当然の仕事になっていくでしょう。各人が自主的に判断すべき範囲はもっと広いものになり、実施済の創意くふうに対しては賞金ではなく、賃金によって報いていく時代が来るのではないでしょうか。
そうなる可能性は高いと思います。もちろんそういう仕事の進め方のベースを提供するのは現在の創意くふう提案活動にほかなりません。それだけに現在の提案制度の舵取りは慎重でなければならないし、そのために私のささやかな体験が何らかのヒントを提供できるなら、著者としてこれ以上の幸せはないと思っています。
21世紀の創意くふう活動がどういうものであるか。私にはそれ以上のことを言うことはできません。ただ、戦後の混乱の中から再興を目指して立ち上り「創意くふう提案制度」が生まれたときに「常に時流に先んずべし」という佐吉翁の遺訓が思い起こされたように、そして、十数年前のオイルショックからの立ち直りを賭けて「創意くふう制度」が改めて見直されたように人々の創意くふうは時代の流れに応じ、姿を変えながら次の世代に脈々と伝えれらていきます。私の15年が21世紀に向う次の世代にそれを伝える一筋になればと思い、ささやかな体験を記した次第です。

 
 
あとがき  

揖斐昇氏の講演で必ずといっていいほど出てくるのが「提案事務局という仕事が最初イヤでイヤで仕方がなかった」というエピソードである。「賞金をバラまいて、その一方で競争させて、アメとムチを使い分けて、提案を出させる提案事務局という仕事がたまらなくイヤだった」と言うとき、揖斐氏はいまでも眉をひそめられる。
しかし、この話がいろいろな変遷を経て、やがて「燃えた人たちが、作業の合間に書いたメモを持ち帰って家で提案を書いているということを知ってから、自分を創意くふう活動に捧げたいと思うようになった」という次のエピソードにつながるとき、聴衆は一筋にこの仕事に打ち込んでこられた揖斐氏の動機の純粋さに感じ入り、魅き入れられてしまう。
この挿話は揖斐氏の15年間の原点だった。やらせの不純さに人一倍敏感だった揖斐氏は、事務局を命じられてから1年もの間悶々とした日々を過ごすが、創造の喜びに取りつかれた作業者の熱意に触れたとき提案事務局という仕事に自分を賭けるに価する何かを見つけた。
トヨタの提案制度の仕組みは、5年間にわたって創意くふう委員長を勤められた大野耐一氏をはじめ、多くの人の手によって少しずつ作り上げられ、その中で揖斐氏は、それを企画立案し、運用し、手直しし、自ら黒子になってPDCAを回していく立場だった。
一方で審査表彰基準のきめ細かい見直しによって提案の質と量のバランスをとり、他方で上司と部下の間の2ウエイのコミュニケーションの中で、提案を習慣づけながら、少しずつブラッシュアップしていくという仕組みが作り上げられ、このような提案推進方法はトヨタだけではなく、多くの企業の創意くふうのレベルを全体的に引き上げた。
しかし、社員のアイデアを経営の中に吸収する仕組みは時代によって変化する。生産性向上に全力を傾けていた時代には不具合をひとつひとつきちんとつぶしていく論理的な緻密さが求められるが、新しい市場を切り開き、新しい需要を開拓していく時代の創意くふうは、人の心をキュッとつかむ面白さ、新鮮さ、ユニークさが求められる。
組織の中に提案の習慣をひろげ、定着させるには、賞金をバラまき、上司が代筆してでも提案させ、ある時は厳しい目標管理によって提案を半ば強制することも必要だった。しかし、新鮮なイキのいいアイデアを募る上では、その方法は必ずしも有効ではないだろう。
トヨタ創意くふう活動の奥深さは、トヨタGIクラブという自主活動を生み出したことだ。提案というフォーマルな制度から出発しながら、もっと自由でインフォーマルな創造の心を自主的に極めさせている。「これからの時代の現場リーダーはそのような創造の喜びを部下に伝えていける人でなければならない」とGIクラブの指導者たちは述べている。

提案活動は時代とともに変化していくが、佐吉翁の時代も、揖斐氏が見てこられて15年も、そしてこれからの21世紀も、いつの時代も創造の喜びこそが働く喜びであり仕事のやりがいであり続けるだろう。リーダーに問われているのは、提案の成績をいかに上げるかではなく、創造の心をいかに多くの人たちに伝えていくかである。
1973年の初夏、トヨタ自動車ははじめて日本HR協会の全国提案実態調査に参加した。これに際して創意くふう委員会事務局にお電話して調査票への回答をお願いしたのが、編者と揖斐氏の最初の出会いだった。以来、トヨタ創意くふう活動とともに歩まれた15年を通じて雑誌編集者としてお付き合いをいただき、そのご縁によってこの度揖斐氏の貴重な体験をこのささやかな冊子に編集する機会を与えていただいた。身に余る光栄と思っている。(1987年 編者記す)

    

著者プロフィール
揖斐昇(いびのぼる)
1926年12月10日生まれ。1953年トヨタ自動車工業入社。生産管理部、特許管理部、生産技術企画室の業務に従事。1972年より創意くふう委員会事務局の仕事に携わり、担当課長として創意くふう提案制度運営並びに社員の提案教育にあたる。1987年1月、トヨタ自動車を定年退職後、提案制度研究家として独立。各社の提案活動の指導に当たっている。現在日本提案活動協会常任理事・中部本部委員長、日本HR協会講師。

書籍版・提案の心と創造のこころ  ―トヨタ創意くふう活動と私の15年―

1987年8月25日 第1刷
著者:揖斐 昇
編者:山口幸正
イラスト:山本昭子
発行:椛n意社

 ▲このページトップへ
 「提案の心と創造の心」トップへ