改善の事典  》 第8章 環境  》 環境保全への組織的取り組み
 
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 環境‐0812 環境保全への組織的取り組み  BACK NEXT
このページの掲載事例→                        ●081201 産業廃棄物を激減させたクリーニング技術   
 ●081202 ガソリンスタンドをエコステーションにする
 ●081203 工場を挙げてCO2削減に取り組む
 ●081204 食品廃棄物のリサイクルの輪をつくる
 ●081205 林業の活性化を支援する
 ●081206 地球規模で自然を大切にする
 ●081207 自動車リサイクルのシステムをつくる
 ●081208 銅精錬所の煙害の解決を図る
 ●081209 別子銅山を緑化する
 ●081210 槲の原生林伐採後に植林する
 
【081201】産業廃棄物を激減させたクリーニング技術   

■クリーンサワの澤浩平社長は新しいクリーニング法「グリーンDry」方式を開発した。

■従来のクリーニングは、洗濯物を石油系溶剤に浸け、界面活性剤を投入し、汚れの付着した界面活性剤をフィルターで漉すが、「グリーンDry」方式ではフィルターも界面活性剤も使わず、遠心力でドラムの内側に張りついた洗濯物に溶剤を噴霧して洗う。

■噴霧した溶剤はタンクに集め、自動蒸留装置で蒸留し再び洗濯物に噴霧する。

■これにより洗濯時間は10分に1になり、産業廃棄物は激減、溶剤消費量も10分の1で済むようになった。

■この技術は世界6カ国の特許を取得。同社はメーカーと共同開発した独自のクリーニング機によるクリーニングサービスを展開している。



取材先 クリーンサワ
取材 2006/06/15
掲載先 ポジティブ 2006/0
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki012.html 

 
 
【081202】ガソリンスタンドをエコステーションにする  

■滋賀県豊郷町のガソリンスタンド、油藤商事の青山裕史専務は、何か環境にいいことをしたいと、店頭にアルミ缶とスチール缶の回収ボックスを置いた。 

■お客さんにはガソリンを入れるついでに空き缶を持ち寄ってもらい、ガソリン配達のついでに回収業者の拠点まで届ける。回収対象はやがて、空き缶、ビン、ペットボトル、新聞紙、段ボール、牛乳パックなどへ広がった。 

■天婦羅油の廃油でバイオディーゼル燃料をつくる精製装置を導入。レストラン、食堂、農協、公民館、スーパーに廃油回収ステーションを設置。県内企業や公共機関の従業員食堂から出た廃油も回収対象に加え、精製し、バイオディーゼル燃料として販売している。 

■自社のガソリンスタンドをエコステーションに変えたいという同業他社にはすべてを情報提供しており、全国のガソリンスタンドが見学に訪れている。 

取材先 油藤商事
取材 2013/04/18
掲載先 リーダーシップ 2013/06
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki146.html

 


廃油精製装置(上)と廃油回収作業
 
【081203】工場を挙げてCO2削減に取り組む   

■CO2排出量の6%削減、さらに15%削減という目標をかかげた県の条例に対応し、レンゴー八潮工場は、次のようなCO2削減に取り組んだ。

@従来の1000ニュートンプレス機に代えて1500ニュートンプレス機を導入。強力な圧力で抄(す)いたばかりで大量の水を含んだ板紙から水を搾り、ドライヤーパートの蒸気使用量を大幅削減した。また、ボイラーの燃料の一部を都市ガスからバイオマス燃料に代えた。

A軽量で強度のある中シンを使った段ボールの新製品を開発。軽量化によりトータルのCO2発生量を抑制した。

BTNP(低燃費)という省エネ小集団活動を展開。各部署から持ち寄ったアイデアをにもとづいて、インバーターを取り付けたり、モーターを小さくしたり、利用度の低い設備を取り外すなど、コストをかけずに省エネ効果の上がる改善を実施した。また、外部コンサルタントを招いて改善推進の勉強会を開催。広報新聞を発行して、取り組みを紹介し、新たな着眼を促した。

4年間の活動で117件を検討。そのうち17件を実施。TNPグループによるCO2削減は6200トンで全体の15%を占めた。新設備導入と新製品の効果を合わせて目標クリアのめどがつき、全国トップレベレルの省エネを実現。2014年度の省エネ大賞・経済産業大臣賞を受賞した。

取材先 レンゴー八潮工場
取材 2015/04/14
掲載 リーダーシップ2015/06
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki168.html  

 


巻き取られたロール状板紙(上)と
TNPグループによる設備のチェック
 
【081204】食品廃棄物のリサイクルの輪をつくる   

■食品リサイクル専門事業者、楽しい株式会社は北九州市当局のバックアップを得て次のような取り組みを行っている。

■楽しい産直市場の開催
 
生ゴミリサイクル堆肥を使っている20軒の農家が、スーパーの店頭で毎日野菜を出品。「楽しい産直市場」を開いている。農家が自分で野菜に値を付け、売上の15%は売り場を提供したスーパーの、85%は農家の収入になる。

減農薬循環米のリサイクル
 
下関市内日三町(うついさんちょう)の37軒の農家は、生ゴミリサイクル堆肥を使って減農薬循環米を生産。この減農薬循環米は、北九州市内のウナギ料理店、天婦羅料理店、和風バイキング店、民芸茶屋、市役所食堂、介護付き有料老人ホームなどで利用される。

■循環芋焼酎
 
障害者施設が生ゴミリサイクル堆肥を使ってさつま芋をつくっている。そのうちの4カ所の障害者施設の障害者たちと2カ所の一般農園が、さつま芋「黄金千貫(こがねせんがん)」を育て、えびの市の酒造会社それを原料に本格循環芋焼酎「明月五良」をつくっている。

■レストラングループによるリサイクルの輪
 
保育園や病院などの生ゴミ発酵分解装置の次発酵物は岡垣町の農業法人で堆肥化。35軒の農家がその堆肥を利用して農作物を育て、出来た農作物はこのレストランで使われる。

取材先 楽しい株式会社
取材 2016/06/08
掲載先 リーダーシップ 2016/08
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki182.html

 


福祉施設の障害者たちによるさつま芋の収穫(上)と
小学校で行われた食品廃棄物リサイクルの出前授業
 
 【081205】林業の活性化を支援する  


2013年、コマツは、石川県及び石川県森林組合連合会との間で「林業に関する包括連携協定」を締結した。

■間伐材や雪で曲がったりキズがついた木は、森に放置され、流木災害の原因となったり、野生動物の棲み家となって鳥獣被害を増やしたりする。

■そこで、森林から未利用材を除去し、チップ化し、バイオマス燃料としてコマツの工場で使ってもらえないか…と森林組合が要望。森林組合にとっては未利用材が有価物に代わり、コマツはエネルギーコストを削減、CO2排出量を減らすことができ、県にとっては県内の森林整備が進み、地域の環境が実現できることになる。

■協定に基づいて2015年から、コマツは森林組合から年間7000トンの木材チップを購入。粟津工場のバイオマス発電が始まった。

■これがマスコミに報道され、コマツに倣ってバイオマス発電、バイオマス給湯に切り替える事業所が現れた。また、コマツは小松駅前に木造の事務所棟、工場内に木造の新食堂を新設し、地元木材の良さをアピールしている。さらに、県内の一部の森林ではコマツの林業機械「ハーベスタ」の試験運用が始まっている。
 

取材先 コマツ粟津工場
取材 2017/01/20
掲載先 リーダーシップ 2017/03
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki189.html 

 


粟津工場のバイオマスボイラー(上)と
サイロに木質チップを搬入するトレーラー
 
【081206】地球規模で自然を大切にする   

■2004年、サラヤの更家悠介社長は、テレビ番組で次のような質問を受けた。

■ボルネオ島のアブラヤシのプランテーションが面積を拡大し野生生物の生息地が奪われている。アブラヤシを原料にした「ヤシノミ洗剤」のメーカーとしてどう思うのか…と問われ、「野生生物の悲惨な状況は知らなかった。どんな対応方法があるか調べてみたい」と答えた。

■更家さんは、RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)という組織に参加。関係国、NGO,農園関係者、企業経営者らと議論を重ね、他のメンバーとともに野生生物が移動できる生息地を確保しようとする「緑の回廊計画」を提案。以後は緑の回廊を残すという条件の下で生産されたパーム油だけが取引されることになった。

■サラヤは「ヤシノミ洗剤」の売り上げの1%を野生生物の生息域を広げる活動に寄付することを決め、そのことを同テレビ番組で報告した。

■以来、サラヤは地球規模で自然を大切にする会社として知られるようになり、2010年からはアフリカ東部のウガンダで「100万人の手洗い運動」、エジプトではホホバの木の植林によって砂漠の緑化に取り組む運動、などを展開している。

取材先 サラヤ
取材 2019/03/19
掲載先 リーダーシップ 2019/05
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki215.html

 


ヤシノミ洗剤(上)とボルネオのプランテーション
 
 【081207】自動車リサイクルのシステムをつくる   

■自動車解体業、近藤自動車商会(後の会宝産業)は、クウェート人が中古エンジンと中古部品を大量に買って行ったことから、自動車中古部品に対する海外からの需要が非常に大きいことに気づき、次のような中古エンジンと中古部品のリサイクルシステムを作った。

■自動車解体事業者のリサイクル研究会を母体にNPO法人「RUMRe-Use Motorization)アライアンス」を設立。このメンバーが各地で「自動車リサイクルシンポジウム」を開催し、地球規模の自動車リサイクル推進を訴えた。

B国際リサイクル教育センター(IREC)を開設。自動車リサイクルの考え方と実技の教育カリキュラムをつくり、RUMアライアンスメンバー企業の社員教育を行った。

CJICA(国際協力機構)の協力を得て、発展途上国を歴訪。日本の取り組みを紹介し、関心を寄せてくれたいくつかの国と地域の自動車リサイクルに影響を与えた。

DオンラインネットワークシステムKRAを開発。自動車中古部品のひとつひとつについて、車種・年式・どんな状態の中古車から取りだされた部品か…などの品質情報をバーコード化し、流通を促進した。

EKRAシステムに沿って品質表示された中古品を国内リサイクル事業者から集め、アラブ首長国連邦に開設したオークション会場で取引が成立したものについて、各社から輸出先に直接販売する仕組みをつくり、会宝産業がその輸出を代行している。

取材先 会宝産業
取材 2019/07/29
掲載先 リーダーシップ 2019/09
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki219.html

 


アラブ首長国連邦の中古自動車部品オークション会場
 
 【081208】銅精錬所の煙害の解決を図る    


■別子銅山から採掘された銅の製錬のために1893年から新居浜精錬所が稼働したが、製錬過程で発生した亜硫酸ガスが農作物を枯らすなどの煙害問題が発生した。

■住友家第2代総理事、伊庭貞剛はこれに対応し、新居浜の沖合、20キロの無人島、四阪島への精錬所移転を決めた。20キロも離れていれば有毒な煙は海上で雲散霧消すると考えたのである。

■時間とコストをかけて移転が行われ、1905年四阪島精錬所が操業を開始したが、亜硫酸ガスを含んだ煙はむしろ海上で拡散し、東予地域全体に煙害が拡がった。

■第3代総理事、鈴木馬左也は農民との間で賠償金を支払い、米と麦の生育期間中の精錬作業を停止することを誓約する一方で、問題解決のための技術開発に力を注いだ。

1913年には、硫化鉱中の硫黄分を回収して硫酸を製造し、そこから肥料(過燐酸石灰)を製造。1929年には硝酸を使用して亜硫酸ガスを硫酸に転換して回収する技術を導入して亜硫酸ガスの発生を劇的に抑制。1939年には亜硫酸ガスをアンモニア水で中和し、亜硫酸アンモニア溶液として回収することで、亜硫酸ガス排出ゼロを実現した。

■煙害問題は発生から47年を経て全面解決した。

取材先 別子銅山記念館
取材 2019/12/17
掲載先 リーダーシップ2020/02
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki224.html 

 
銅鉱石を銅山から新居浜まで運んだ鉄道の機関車
 
  【081209】別子銅山を緑化する  

■別子銅山の経営は樹木の大量伐採、大量消費の上に成り立っていた。坑道は坑木で支えながら掘り進めねばならなかったし、採掘された鉱石を溶かして銅とそれ以外の不純物を分離するのめに、大量の木炭を必要としていた。さらに製錬時に発生する亜硫酸ガスが木々の生育を阻害していた。

■このため、別子銅山支配の伊庭貞剛がはじめて見た別子銅山は、山肌の露出した丸裸の状態だった。「別子の山を、荒れ果てたままにしておくことは天地の大道に背く。乱伐の後を償い、全山をもとの青々とした姿にして、これを大自然に返さねばならない」と伊庭は語り、1894年に「大造林計画」を打ち出し、毎年100万本以上の植林を開始した。

■第3代総理事、鈴木馬左也はその計画を受け継ぎ、多い時には年間250万本を植林して森を再生した。現在の別子銅山は見事に緑深い山に戻っている。

取材先 別子銅山記念館
取材 2019/12/17
掲載先 リーダーシップ2020/02
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki224.html

 
明治初め頃、植林前の別子銅山
別子銅山記念館提供
 
 【081210】槲の原生林伐採後に植林する   


■牛革の
伝導ベルト事業を興した新田長次郎翁は、1911(明治44)年、槲(かしわ)の木が自生する北海道十勝地方に3万ヘクタールに及ぶ広大な土地を買収。現地に製渋工場を建て、槲の樹皮から牛の皮を鞣(なめ)すためのタンニンを抽出して、大阪の製革工場に送った。

■槲(かしわ)の木を伐採した後には牧場が作られ、酪農事業にも進出したが、それとともに植林にも力を入れた。

■当時の北海道庁は、樹木は無尽蔵にあり、伐採後の植林など無用のものとしたが、長次郎は森をなくしてしまうことに不安を感じ、直径50センチ以上の樹を伐採しないことにし、その後北海道庁が一部の植樹を認めるようになると、植林に力を注ぎ、現在まで脈々と受けつがれている。

 

参考文献 西尾典祐著「至誠・評伝・新田長次郎」(中日出版社:1996P207

掲載先 リーダーシップ2022/03

探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki248.html

 
槲(かしわ)の葉
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