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i解説 何に向かって創意くふうするか   …
                    このページの掲載項目 創意くふう活動を支えたもの
.ゆたかさの崩壊
会社は誰のものか
4.お金はすべてを支配するか
5.何に向かって創意くふうするか
 
創意くふう活動を支えたもの


197080年代、多くの現場で「創意くふう改善活動」が行われていました。ここをこう変えたら仕事がもっとやりやすくなる、もっと早くできる、もっとコストを下げられる、もっとお客様に喜んでもらえる…という提案を上司に提出し、「よし、それでやってみろ」とOKが出れば、自分で改善し、あるいは、QCサークル活動として職場の仲間とともに改善する。そういう活動です。ときどきは、社内外の専門家の力を借りたり、あるいは予算を投入して新しい設備を入れるなど、組織的な「改革」として実施されることもありました。当時はそのようにして「改善・改革」をすすめ、「安正早楽」すなわち「もっと安く、もっと安全に、もっと正確に、もっと早く、もっと楽に」を追求し、企業競争力を高め、もっと豊かになろうとしていました。(揖斐昇著「提案のこころと創造の心」 

当時、この国は「世界の工場」でした。日本人はみんな優秀で、勤勉で、仕事の仕組みよく理解し、各人それぞれが加工技術を習得して「創意くふう」を次々提案し「改善」を進めていました。鉄鋼、機械、自動車、家電、精密機器…この国で作られた製品の多くは、他国の追随を許さない優れた品質を持ち、十分な価格競争力を持っていました。働く人たちは「安正早楽」を追求し、自分たちの製品を、計画された通り、間違いなく、効率よく作り続け、世界に送り出せばよかった。

しかし、情報化が進んだことで事態が一変しました。「創意くふう」「改善」によって効率を高められた生産体制はICチップの記憶素子の配列に置き換えられ、それを利用すれば、誰でも日本人と同じところから仕事が始められるようになりました。さらに、経済のグローバル化が進み、資本は世界中で最も儲かるところに投下されるようになり、その結果、バブル崩壊後の1990年代頃から、日本の工場は当時日本人の10分の1とも20分の1とも言われた賃金の安い新興国に次々移転していきました。
国内の工場で働いていた人たちは、より競争力のある分野の国内メーカー、海外メーカー、第3次産業へと転職していき、さもなければ非正規社員として、不安定な雇用条件の下で働かざるを得なくなりました。

それまでの日本の労使慣行の下では、新卒の初任給は低く抑えられていました。その一方で雇用は定年まで保証され、賃金は年々上昇し、それなりの年齢になると、ほとんどの人が結婚するのに十分な賃金を得ることができました。結婚して子供が生まれ、その子が大きくなって次の世代を担っていくというのは、毎朝陽が昇り毎夕陽が沈むのと同じくらい当たり前のことでした。勤勉で忠誠心のい人材は企業競争力の源泉と考えられていたから、ほとんどの企業は従業員を大切にしました。寮や社宅を用意し、賞与はもちろん結婚祝金まで出しました。1人ひとりの誕生日や結婚記念日まで祝ったし、会社の費用負担で必要な技能資格に取らせた。だからこそ、従業員は会社のために骨身を惜しまず働き、自分が担当する仕事について、創意くふうし、提案し、改善したのです。

 
2.ゆたかさの崩壊  


しかし、国際競争が激しくなると、年功的賃金制度、終身雇用制度が維持でき.なくなりました。能力主義賃金、成果主義賃金がそれにとって替わり、賃金は目に見える形で貢献した人しか上がらなくなりました。人々の暮らしからゆとりがなくなり、夫が働き、妻が家庭を守るという家族の形を維持することが困難になっていきました。それが晩婚化、非婚化、少子化、そして人口減少につながりました。

もう一方で、高齢化が進みました。働けなくなった高齢者の年金・医療・介護の費用が今も増え続けています。それらは、現役の働き手の税金と社会保険料によって支えられていますが、その働き手が減少していっている。国と地方の借金が増え、その総額は国民の貯蓄の総額に迫っています。それを越えたら…あると思っていた蓄えが、すべて借金のカタにとられていたという現実が、どこかで私たちに襲い掛かってきそうです。

そうなる前に福祉の水準をきりつめなければなりません。ゆとりのある人たちにはもっと多くの税金を負担してもらわねばならない。そして、何よりももっと働き手を増やさねばなりません。働き手を増やすには、誰もが結婚でき、夫婦2人で働きながら出産・育児ができる環境条件を作らねばならない。それでも足りなければ外国からの移民の受け入れに道を開かねばならない。しかし、男が働き女は家庭を守るという性別役割分担意識、日本は日本人だけの国でなければならないというナショナリズム、きちんと未来に向き合わない政治がそれを困難にしています。

 
3.会社は誰のものか


かつての創意くふう改善活動のベースには、「会社はみんなのもの」という考え方がありました。みんなでコストを減らし、収入を増やし、利益を増やしていけば会社が発展します。同時に「創意くふう」「改善」は社員1人ひとりの能力を高め、やりがいを感じさせています。だから、この活動を続けることでみんなが幸せになれる…と、みんな思っていたのです。しかし、グローバル化とともに資本の自由化が進み、会社の株式を外国人も持てるようなると、会社は「みんなのもの」から「株主のもの」に変わりました。経営者は目の前の利益を追い求める株主の意向に沿って会社を経営するようになり、それとともに、従業員は働く仲間としてではなく、コストとして意識されるようになりました。

会社の中には、頭脳を担い、方針を決め、命令を下す人々と、それに従って手足となって働く人々がいて、両者に期待される役割は自ずと異なっている。働く人たちをコストとして見ていくと期待役割の異なる人たちに同じ人事制度を適用することの効率の悪さに気が付きます。頭脳を担う人たちに、会社にとって最も有利な選択を考えさせるには会社への忠誠心が不可欠です。そのために安定的な雇用を保証し十分な報酬を提供し、時間をかけて育成すべきと考えられた。これに対して、手足となって働く人たちには、命じられた仕事を命じられた通りやってもらえればそれでよく、仕事の範囲を限定することで人件費コストは下げられると考えられました。

「会社はみんなのもの」という考え方の下では、みんなの「創意くふう」「改善」によって、仕事のすすめ方は日々変化し、それに応じてマニュアルが変更されました。だが、働く1人ひとりがコストでしかないとしたら、彼等の提案を待ってマニュアルを変更していくよりも、上から作って守らせた方が手っ取り早い。そのマニュアルをきめ細かくしていけば、誰がやっても同じ結果が得られるようになる。そうなれば、人はいつでも取替えがきき、省力機器やAIに置き換えることもできるようになる。だからこそ、必要がなくなったらいつでも雇用関係を終了させられる非正規社員、あるいはもともと雇用関係のない派遣社員を活用すべきである。経済合理性をこんなふうに追求していった結果、働く人たちは、すぐには取替えのきかない人のグループといつでも取替えのきく人のグループに分かれていきました。

 
4.お金はすべてを支配するか  


人間社会を支配しているのは間違いなくお金です。資本主義社会は、経済合理性に従って利益を求めつづけ、果てしない競争を繰り広げています。その競争に参加することで人々はお金を稼いでいる。お金があれば何でも手に入れられるが、無ければ欲しいものが買えない。生活に困窮し、最後は社会から脱落する。生活の困窮とともに、人々は周りの人々への優しさを失い、やがて社会に敵意を抱くようになり、社会を不安定化させる。自分自身がそういう立場に陥るかもしれないことに、人々は強い恐れを抱きます。その恐怖心でいっぱいになると、安全圏から脱落しつつある人たちを見たとき、自分はそうはならないことを確認したいと思う。そして、脱落しつつある人たちとの間に距離を置こうとする。さらには壁を築き、相手を差別し、バッシングする。

「創意くふう」とは、簡単に言えば、自分にとって有利な道はどれかと、色々と考えを巡らせることです。たとえば、カラスは木の実硬い殻を割るために石に打ちつけたり、高い所から落としたりします。リスは食べもののない冬のために秋のうちに地面に木の実を隠します。ライオンやハイエナは、獲物を追いたてるものと待ち伏せするものに役割分担して獲物をとらえます。テレビでそんな映像をみていると、創意くふうが人間だけのものでないことがわかります。
植物が水を求めて根を張り、太陽の光を求めて枝を伸ばすのも、つきつめて言えば、根元はきっと同じです。

ただ、人間と他の生物の大きな違いは、その有利不利を判断するときに考慮する時間の幅の違いでしょう。「いま」という瞬間の利益だけで考えるなら、人間の判断も他の生物の判断もあまり変わりはない。ただ、人間はもう少し先のことまで考えます。お金は人間にとって単なる紙切れやコインではなく、あるいは支払明細書や預金通帳に印字された数字ではない。その数字の向こうに自分のほしいものと交換する明日のことをイメージしています。だから、みんなお金にこだわる。ときには、自分以外の人間を、自分のお金を増やすのに役立つかどうかで値踏みする場合もある。しかし、人間は明日よりも明後日、さらにはもっと遠い未来まで想像するのです。

 
5.何に向って創意くふうするか  


もっと先の未来の有利不利にまで思いを馳せれば、自分の利益が、自分と関わりのある他人の利益とも関わっていることに気が付きます。もしも自分の利益にために、周りの人たちの利益を損なえば、信頼と支持を失います。周りの信頼と支持を失なえば、自分の住む世界は狭まっていきます。もっと先の1年後、10年後、100年後まで想像するなら、自分が、自分以外のほとんど全ての人とつながっていることに気が付きます。

私たちはもちろん100年後まで生き続けることはできないが、100年後も今と同じように明るい太陽の光が地上に降り注いで、その下で私たちの子や孫が自由で希望に満ちた日々を送っていて欲しいと考えるなら、その世界は、すべての人が人として大切にされる世界です。そして、1人ひとりが自分の仕事に創意くふうを傾け、仕事の価値を高めていける世界です。そんな100年後を願うなら「今さえよければ」とか「自分さえよければ」という選択はできません。

このサイトの編者は、これまで、多くの人たちを訪ね、創意くふう・改善・改革の話を聞いてきました。記者人生前半の20年は組織の中で働く1人ひとりから、後半の20年は組織を率いる経営者から話を聞きました。経営者というのは、自ら事業目標を掲げ、その実現に向けて人々を結集していく人たちのことです。事業を成功に導くには、事業の目的が世の中から支持され、必要とされるものでなければならない。単に目の前の小さな利益につながるというだけでは、集められる支持はわずかなものです。しかし、その事業・製品・サービスによって多くの人々が豊かになれ、幸福になれるのなら、多くの人の支持と協力を集めること可能になります。

自分たちの事業をこの世の中にしっかり根付かせるために、経営者たちの目は広い世間に向って開かれており、何年も、何十年も先を見つめて自分たちの進む方向を決めています。100年先まで続く会社をつくりたいと言われる経営者もありました。そのために、世の中全体の行方に目をこらし、全体の利益に思いを馳せ、自分の行動を決めていました。もちろん目の前の利益しか見ていない人たちの方が多いのかも知れません。その一方で遠い将来を見渡し、全体の利益を訴え、人々の支持を集めながらそれを実現していく人たちがいる。そのせめぎ合いが後世に続く歴史を作っていきます。その歴史を作りつつある人たちをこれからも訪ね歩き、話を聴き、記録していきたいと考えております。

第1稿:2015/08/24 改訂:2016/07/14 2017/05/18 2017/06/14 2018/01/03 2018/06/18

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